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第6話

 ――俺なんかにがこの人に何ができんだよ。  そんなこと、無いのではないだろうか。息子ごっこなんて言いながら尊は奥寺と過ごす時間を楽しんでいたが、奥寺どうだったのだろうか。ぎゅう、と胸がしめつけられる。 「あの、俺、軽々しく、息子ごっことか言って、ごめんなさい。も、やめるから」 「え、なぜ?」 「だって、辛かった、んじゃないの」 「……ああ、少しは辛かったかもしれないな。俺ができなかったことを突き付けられているようで」 「――本当に、ごめんなさい」 「いや違うよ、むしろそのおかげで俺は、ようやくそのことに向き合えたと思っている。君のおかげだ、ありがとう」  そんなことを言いながら奥寺は眼鏡をかけ直して笑いかけてくれるが、それも優しさなのだと尊には思えた。この人は優しすぎる、自分のよこしまな恋情などでその優しさにつけこむようなことは、もうできない。  静かになった尊を気遣うかのように、奥寺はその後も色々な話をしてくれたが、尊はそれまでのように笑うことがどうしてもできなくなった。 「もう帰るか?」 「うん」  時計は十時を回っている。奥寺と三時間も一緒だったのかと喜ぶところなのに、奥寺はそんなことを望んでいないのではないかと思えてしまって卑屈な自分も苦しかった。

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