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第6話

 それは奥寺にとって、少しでも尊が特別だということ。そんなことを聞かされたら嬉しくて叫び出して駆けまわりたくなる。だからこそ、もう二人でなんて会えない。 「無理だよ」 「何故?」  眼鏡の奥で目を優しげに細める奥寺を、やっぱり格好いいと思いながら、尊は溜息と同時に吐き出した。 「俺、奥寺さんを好きになってるからさ。二人で会うのはもう、やめる」 「……え?」 「俺の好きって、意味分かるでしょ。エッチしてーって意味含めて好きなんだ。そんなやつと友達とか無理でしょ」  言葉では肯定しない奥寺の手が、ようやく尊の腕から離れた。あまり大げさな表情をのせない端整な顔に、一目で分かるくらいの驚きが乗っていて、尊は自嘲する。  ――こんな顔させるつもりなかったけどな。  いいなと思って好きだと思ったら、全力で押して押しまくってしまえばなんとかなると思っていたけれど、そんなことなかった。それで優しい奥寺の負担になるくらいなら、側にいなくていい。  いつの間にこんなに好きになってしまったのかと息をつきながら、尊は踵を返す。 「じゃあね、おやすみなさい」  顔も見ずに言った挨拶に、奥寺の返事は戻ってこなかった。振り返らずに歩を進める尊に、奥寺は追ってこないという答えをくれた。  ――しゃーないよな、俺じゃ何もしてあげられないし。  空を見上げながら、大きな溜息が勝手に零れ落ちた。

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