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第8話

◆  言葉どおり、奥寺にとって尊は飲み友達になった。  二週間に一回は必ず店を決めて誘ってくれたから、それには喜んで同行した。  奥寺は相変わらず優しくて、奥寺の選ぶ店はどこも美味しい。歳が離れているのに会話に事欠かないのは、尊が奥寺の話を聞くのが好きだからだ。そして、奥寺も聞き上手だった。  共通の会話は仕事場でのこと、それ以外には奥寺の修行時代のことを聞いたり、奥寺は尊の学生時代のことを聞いたり、それだけで時間なんてあっという間に過ぎてしまう。  そろそろ帰ろうか、と切り出されるときはいつも胸に風が吹くような寂しさを感じるけれど、こうやって飲みに誘ってくれるだけでもありがたいと思わなければならない。 「あー、今日も食った」 「遠慮しなくても奢るのに」 「いや、駄目です、飲み友達でしょ、友達って対等なものだから。あー、そういや締めのお茶漬け食うの忘れてたな」  大きく伸びをしながら歩く尊に、奥寺が不意に口を開く。 「じゃあ、俺の家で御馳走しようか」 「は、え?」 「友達といっても、年上として格好付けたいこともあるんだよ」  そんなことを言いながら、奥寺は尊の答えも待たずに早足で歩いていってしまう。  ――奥寺さんの、家……やべ、テンション、上がる。  思いもしない幸運を拾ったようで、勝手ににやける頬を無理矢理手で元に戻すと、尊は駆け足で奥寺を追った。  まったく警戒されていないのは少しだけ苦しかったが、今はこうやって楽しい時間が過ごせることだけに感謝していたい。

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