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第8話
奥寺の家は店から十五分ほどの場所にある、大きなマンションの一室だった。尊が一人暮らすアパートとは違いすぎて、思わず後ずさって、笑われた。
「はやくおいで」
子供のように腕を引かれ、情けないと同時に触れられた場所が熱い。尊の性癖を知った異性愛者で、こんな風に気がねなく触れてきた人はいない。まったく意識されていないということは、差別もされていないということだ。奥寺のそういうところもたまらなく好きだと思いかけて、頭を振ってその思考を振り切った。
奥寺の部屋は一人暮らしには贅沢なほどの2DKだったが、驚くほどに片付いていて、まるでドラマか宣伝に出てくるモデルルームみたいだと思う。それくらい物がないのだ。さすがにキッチン周りは充実していたが、リビングはソファーとテーブルとテレビがあるくらいで、綺麗に片付いているというより、殺風景そのものだった。
物で溢れている尊の部屋とはあまりに違って落ち着かない。
「適当に座ってて」
奥寺はキッチンでお茶漬けを作り始めたが、寒さすら感じるリビングよりもキッチンの方がいいと、尊はその隣に陣取った。
「何、見てる?」
「へへ、いいですか?」
「いいけど、面白いことはしないよ」
喋りながらも奥寺の手は止まらない。冷蔵庫から出した魚の切り身を炙りながら、ネギを刻んでいる。
「白身だ、鯛?」
「当たりだ。出汁は昆布」
「俺、お茶漬けっていったら振りかけてお茶かけるやつだと思ってたから、奥寺さんに教えてもらって出汁茶漬け食べてびっくりした」
「簡単に作れるから、覚えてみるか?」
「いやあ、俺は不器用だし」
軽口を叩いているうちに香ばしい魚の香りと、ネギのつんとくる香りで食欲が沸いてくる。さっきまで飲みながら食べていたというのにどういうわけだろう。
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