43 / 56
第9話
四月になるとカフェのメニューも一気に春の様相を呈してくる。寒さから解放されたせいもあって客足も増えてくるし、つまり、カフェは多忙だった。
「バイト、入れないんですか」
有巣の愚痴を下元は笑ってかわしているから増やすつもりはないのだろう。尊も体調管理に気を付けながらなんとか毎日をこなしている。
奥寺とは相変わらずで、時々飲みに誘われてはその度に好きが増していくのはもう、どうしようもない。そのせいか意識してしまって、ちょっとぎくしゃくしている。先週飲みにいったときも、静かだねえと言われた。そんなことないです、と返しながらも奥寺の顔をまっすぐに見ることができないのは、もちろん、盗んでしまったキスのせいだ。罪悪感だけじゃない、あの感触をもう一度欲しがってしまう自分をごまかしきれないからだ。
――こんなんじゃ、飲み友達も返上した方がいいのかも。
奥寺を心で裏切っているのは、苦しかった。けれど、尊といると楽しそうだという下元の言葉を思い出すと、離れることもできずにいる。
そんなときだった。奥寺が手を怪我したの
は。
注文を受けたのは尊だった。尊よりも少し年上かと思えるカップルで、どこにでもいる普通の二人に見えた。あれ、と思ったのは、注文されたパスタを席に運んだときだった。彼氏がやけに尊に視線を投げてくる。というか、睨まれている。何かミスをしたのかと己を振り返ってみるが、思いつかない。
念のため、次その席にいくのは有巣に変わってもらってトラブルを未然に防いだつもりだった。けれど、やはり気になって見守っていたのだが、そのうちカップルは喧嘩を始めた。
ともだちにシェアしよう!