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第9話

 テーブル十席の店内に男の怒号が響いて、他の客達も何ごとかと手を止めた。大きな声を注意した有巣に男が鋭い視線を投げたから、これは駄目だと尊が間にたったのだが、これも逆効果だったらしい。 「ああ? 何だよ、お前、さっきから俺の彼女に色目使ってるだろ!」  まったく身に覚えがないし、むしろ好みでいえば彼氏の方なんだけどなと思いつつも慌てて頭を下げる。 「いえ、そのようなことは決して」 「もうやめてよ、皆見てるよ」  彼女が必死に彼氏をなだめているが彼氏の気は鎮まらないらしい。手を掴んでいた彼女の手を振り払ったはずみでテーブル上のグラスが床に落ちて割れとんだ。  その音でキッチンにいた下元と奥寺も顔を出す。トラブルを大きくしては申し訳ないと、この場をおさめたかったのだけれど、彼氏の顔色が青ざめておいつめてしまったことに気付いた。これはちょっと面倒かも、と思った瞬間に、肩を掴まれる。痛いけど、彼氏の気がすむまで話を聞こうと決めた。  ときだった。 「離しなさい」  いつの間に側にきたのか、奥寺が彼氏の手を掴んで尊から引き剥がすとそのまま腕から捩じり上げたのだ。  ――か、かっこいい。  見惚れたのは一瞬で、頭に血が昇った彼氏が渾身の力で奥寺を振りほどく。そのはずみで尊の体はふらつき、あ、と思ったときには尻もち寸前だった。痛みに備えて目をつぶるが、その痛みは来ず、代わりに温かいものに支えられている感触と、有巣の悲鳴に目を開ける。

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