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第9話
尊は奥寺の腕の中にいた。片手で尊を支えた奥寺のもう片手は床に付けられ、そこに赤い染みが広がっていく。
「奥寺っ!」
下元のあせったような声で、尊はようやくこの状況に気付いた。床に付けられた奥寺の手の下には、割れたグラスの破片が飛び散っていた。
「お、奥寺さん!」
「大丈夫だ」
そんなわけがない。この手は料理をする手なのだ。
「きゅ、救急車、店長、救急車、医者!」
駆けよってきた下元がタオルを奥寺に渡すと尊の耳元で叫ぶ。
「救急車呼ぶりタクシーが早い。救急にも電話してあるから、早く連れていけ」
「駄目だ、下元、まだ開店中だから」
「あほか。店は俺がなんとでもする。尊、奥寺を頼むぞ」
店内は騒然としていたが、尊にはその何も見えなかった。とにかく今は一刻も早く奥寺の手を医者に見せなければならない、ただそれだけだった。奥寺の手を引いて店を出ると、いつの間に呼んだのかタクシーがちょうど車を止めるところだった。
「聞いてます、どうぞ」
年配のドライバーに促されて乗り込むや否や、タクシーは走り出し、そのスピード感に少しだけ安堵した。
「奥寺さん、大丈夫? ごめん、俺の、せいだ」
「違う、俺がヘマした。格好悪いな、君を助けたかったのに、助けられてる」
「かっこ悪いわけないだろ! かっこよかった、でも、ごめん、手、だって、この手は」
タオルに包まれた手の傷がどれほどか、尊には分からないが、見てしまった血の色を思い出して耐えきれず涙がこぼれる。大きくて器用で美味しいものをたくさん作る奥寺の手にもしものことがあったら、尊はどう償えばいいかも分からない。
「嫌だ、そんなの絶対嫌だよ、運転手さん、急いでよ」
「もう着くよ」
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