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第9話
急かすより早く急いでくれたドライバーのおかげで思ったより早く病院に駆けこめた。御礼が足りないとは思ったが、それより今は奥寺の手が先だった。
「あの、手、切ったんです、シェフなんです、大事な手なんです、治りますか!」
駆けこんだ先の受付で食いつく尊を奥寺が宥め、これではどっちが怪我人か分からないな、と笑った。
「呑気なこと言ってないで、早く、診てもらって!」
すぐに処置室に案内される奥寺を見送りながら、何度も叫ぶ。
「大事な手なんです、たくさん人を幸せにする手なんです、どうか」
側にいた看護師に、大丈夫ですよ、と宥められながら固い病院の椅子で奥寺を待つ間、尊は生きた心地がしなかった。無宗教だけど、何度も神様に祈った。
――俺の手と替えてもいいから、治りますように!
奥寺が料理を好きで大事にしていることくらい知っている。あの殺風景な部屋で唯一彩りがあったキッチンからも色が消えるようなことがあってはならない。震える手を握り締めて奥寺を待つ時間は、とてつもなく長く感じた。
どれだけ過ぎたのか、気がつくと奥寺が尊の前で微笑んでいた。
「終わったよ。ちょっと切っただけで腱も大丈夫だし、たいしたことないって」
「本当?」
奥寺は優しい。尊を気遣ってそんなことを言っているのではないかと思ったが、ちょうど出てきた看護師も同じ説明をしてくれた。
「それにしても、可愛い息子さんですね、こんなに心配してくれて」
息子、と言われて複雑な気分だが、それよりも大丈夫だと知ると自分の醜態の方が気になってきた。騒ぎすぎたことを悔いてうつむくと顔が熱くなる。
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