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第9話
「鯛茶漬け作るのか?」
「あー、前、教えてくれたでしょ」
なんか、ストーカーみたいかも、と思うと見つめてくる奥寺の視線が怖くて、顔を背けたけれど、伸びてきた大きな手に顎を掴まれて顔を覗きこまれる。奥寺はやけに真剣な目をしていて、少し怖かった。
静かな口調で、奥寺が口を開く。
「さっき、自分のことみたいに泣いてくれて、嬉しかった」
「う、なんか、騒いで恥かかせましたよね、すみません」
「違う、嬉しかった。なんだろうな。君は俺の固いところを、溶かしていくみたいだ」
顎を掴んだままの奥寺の指が、熱い。眼鏡越しの目がまっすぐに見つめてくるその眼差しが、熱い。息も触れそうな距離でそんなことを言われて、尊の押し込めていた気持ちが溢れてくる。理性も思考もどこかへいってしまったように、勝手に口が動いた。
「それはほら、俺の熱が伝わってるっていうか、その、熱烈に好きだから――すみません、言わないって、約束したのに」
我に返って奥寺から逃れるけれど、追ってきた腕に抱きしめられ、益々どうしたらいいか分からなくなった。
「お、奥寺さん!?」
奥寺の胸は厚く、心地よい。うっとり溶けそうになった尊の耳元で、奥寺が囁いた。
「前、ここで俺にキスして泣いただろう」
バレていたのか。体中から血の気が引いていく気がして、尊は思わず震えた。
「し、知ってたん、ですか。すみません、あのときは酔ってて、あの」
「君は、いつも俺の気持ちばかりを大事にするね。まるで俺自身が大事なものになった気がする」
「そんなの、当たり前です。奥寺さんは、大事です」
奥寺の胸から顔を上げて見つめると、優しい目が泣きそうに細められていて、たまらず尊の方から抱きしめた。
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