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第13話
それからしばらく経ったある日の事。
終業後コウ先輩のデスクへ向かうと、今日もまた山積みの書類を前に落ち込んでいる姿があった。
ひょい、と手元の書類を取り上げると、弾かれた様に俺の顔を見る。
『あ…!海音!』
『…またやらかしてんの?
コウ先輩。』
『えへっ♡
やっちゃったみたいw』
『ったく…貸しなよ。
手伝ってやるから。』
『ほんとっ!?
ありがと〜海音っ!
お前ってほんと頼りになるよな。』
『…声でかい。
さっさと始めようぜ』
嬉しそうにキラッキラの笑顔を向けるコウ先輩が眩しくて…
ぶっきらぼうにそう答えて書類を片付け始める。
なんだそれ…いちいち可愛過ぎんだよ…クソッ///
こうして頼られるのも嬉しいし正直毎日ミスしてくれりゃあいいのに…なんて不謹慎な考えが頭を過 る
そうしてしばらくあーだこーだやりながらなんとか終了!
ってか何でこんなに間違えられるのかマジわかんねぇ。
まあ、そんな天然なトコもコウ先輩の魅力の1つだけどな…。(恋は盲目だ)
『コウ先輩、飯食わせて。
俺お腹空いた。』
いつものようにご褒美という名のデートを要求する俺。
『あっ行こ行こ!
今日のお礼に俺が奢るね!』
『当然だろ。』
『こいつ!』
わざと意地悪くそう言うと、コウ先輩は俺の頭をクシャクシャと撫でてくれた。
手のひらから温もりがじんわりと伝わって来て…嬉しさにそっと胸を震わせる。
何食べるか迷ったけど、コウ先輩が雑誌で見て気になってた店に行ってみようって事になった。
『その店、肉を使った料理が美味いらしいんだ。
ワインも安くて良いの揃っててさ。』
『へぇ…いいじゃん。』
『海音、酒イケる方だろ?
明日は土曜で休みだしさ、今日は思い切り飲んじゃおうか。』
『お、賛成ー!』
次の日が早かろうがコウ先輩と一緒なら俺は平気だけどな。
とりあえず今日は2人でゆっくり出来そうで心の中で小さくガッツポーズをした。
コウ先輩と向かったその店はお洒落な内装と間接照明がすごくいい雰囲気で、なんだか本当にデート気分で俺のテンションは上がりっ放し。
『お二人様でしたら申し訳ありませんがこちらのお席でお願いします。』
運良く待たずに入ることが出来て店の奥のカップルシートみたいな席に案内された。
カウンターみたいに横並びになっていてそれぞれボックスが仕切られてちょっとしたプライベート空間が演出さている。
目の前はガラス張りになっていてビルの5階に位置するこの場所からだと夜のネオンが色鮮やかですごく綺麗だ。
『へぇ…なんか個室みたいでいいよな。
この仕切りがちょうど他の席から見えないように上手く囲んでるしさ。』
『夜景も綺麗だしね。
海音、何食べる?
この辺の肉とか美味そうだよ〜』
カップルシートだからコウ先輩と隣り合わせに座っているんだけど、一緒に料理を選びながらふと顔を上げると真剣にメニューを見ている横顔が目の前にあって一瞬ドキリと心臓が音を立てる。
シュッと鼻筋の通った端正な顔。
毛穴1つ無い滑らかな白い肌にクッキリとした二重の愛らしい目。
形の良い唇は薄く開いて俺の視線を強奪する。
あー…キレーだなぁ…
一日中見てても飽きねぇわ
ってか…ち、近っ!
顔、近過ぎんだろがオイッ…///
コウ先輩の息が俺の前髪にかかる近さとかヤバすぎるだろ…
この野郎…俺を殺す気か?殺す気なんだな?そうだろ?
心臓が口から出そうなくらいドキドキして慌ててコウ先輩から目を逸らすと心を落ち着けるようにメニューに集中する。そのうち頭の上から強い視線を感じてふと顔を上げると俺を見ていたコウ先輩と目が合った。
グワァァァァァァッ
やめてッ///至近距離でそんな円 らな瞳で見ないでッ///
俺こーいうのマジ耐性無いからぁぁぁっ…!
『…何?
ジロジロ見んなよ。』
叫び出しそうになる自分を抑えてひたすらクールに、冷静に言葉を吐き出す。
『あ、いや…///
こうしてみると海音ってやっぱカッコいいなって思って。』
へっ…ハッ?
カッコイイって…ナニソレ?
『はぁ?』
『な、なんだよ!
褒めてるんだろ?!』
思わず素っ頓狂な声を上げた俺に恥ずかしくなったのかコウ先輩は顔を真っ赤にしてアタフタと狼狽えている。
狡 いなぁ…
コウ先輩は狡 い
俺の気持ちなんて何もわかってない優しくて残酷なこの人は、こんな風に無意識に無防備に俺が期待する様な事を言うくせに、後輩以上の領域には決して俺の侵入を許してはくれないんだ。
いくら望んでもコウ先輩にとって俺はあくまで会社の同僚で…ましてや男同士である以上恋愛に発展するなんて夢のまた夢なんだよ。
ふぅ…と小さくため息を吐いた。
『…ありがと。
あんたもな。』
不毛な会話を終わらせようと、短くそう言って再び意識をメニューへ戻した。
ねぇコウ先輩
俺が欲しいのは100の褒め言葉なんかよりも…『好きだ』っていうたった一言だけなんだよ
言いたい
…けど、言えない
口に出したら…きっと今の全てを失ってしまう
『…ワインはボトルで頼もうよ。
肉料理だし赤でいいだろ?』
『あ、うん!
海音の好みに任せるよ。』
絶望にも似た胸の痛みに蓋をして、俺は作り笑顔を見せるとテーブルの上の呼び出しボタンを押したのだった。
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