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三年前 – 後編 –

 目が覚めると、男は椅子に座ってスマホを触っていた。僕が、ベッドからむくりと起き上がると、それに気づいた男は「おはよ。ごめんね、気絶すると思ってなくて…。痛くない?」と、僕に近づいて謝ってきた。 「いえ、全然」としか言えなかった。  男はそのまま僕の隣に座り、「今後も待ち人続けていくつもり?」と。  しかし、この時の僕は、『待ち人』という単語の意味が分からなかった。おみくじでは、『出会いたい人』という意味ではあるが、別に僕はこの人に会いたかった訳ではないし、どういうことなんだろう。と、思っていた。 「…あの、待ち人って何なんでしょうか?」  そう問いかけると、男は少し驚き、待ち人についての説明をしてくれた。 「待ち人というのは、自分が決めた或いは決められた一定の場所で異性または同性を待ち、そのままホテルに行き、こういう行為をして、お金を貰うっていうこと」 「でも…それって、犯罪なんじゃ…?」 「そう。でも、世の中の余るほどの金を持っている者は、自分の快楽のために犯罪に手を染めるんだ」  つまり、この人も、僕も犯罪を犯している。ということになるのだろうか。 「…それで、どうするの?。待ち人の意味を知った上で、続ける?、続けない?」  正直は、続けたくはない。これ以上犯罪に手を染めたくはない。しかし、高校は出ていても『着物屋 朝霧』として、僕は卒業できたのかもしれない。そして、その名もなくなった今は、大学に通っている訳でもない、ただの人となっている訳だ。つまり、こんな僕を雇ってくれる場所なんてはずがない。 「…続けようと思います」  と、小さく呟くように言った。  全てはお金のため、自分が生活していくため。 「そうか…。じゃあ、有名になった頃に、また会いに来るよ」 「…はい」  その為に、もっと頑張って有名になって、この人とまた…。なんて、考えられなかった。  これから自分がどうなっていくのか、どうすれば良いのか、小さく呟いた「はい」という二文字に、僕の人生が左右されてしまった。 「その為に、名前…教えてくれるかな?」  名前…。僕の名前は、朝霧 碧。 「ぁ…碧、です」  自分の名前を発したのは、いつぶりだろうか。 「碧…。それは、本名?」 「はい…」  やはり、マズかったのだろうか。なんでも良いから、偽名を名乗ればよかったのだろうか。しかし、もう手遅れである。 「藍。藍色のアイをこれから使ってみるのはどうかな?。藍色も青色と近いし」  藍。  本当は自分の名前が大っ嫌いだ。たまに、テレビで『朝霧』という名前を聞くたびに、心の奥がズキズキしていた。これで、名前を変え、一からやり直せると思うと、少し気が楽になった。  この日から、僕は『朝霧 碧』から『藍』に名前を変えた。

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