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東京のお兄さん
「こんにちは。ちょっとまだ早いけど」
扉を開けると同時にカランカランとベルが鳴る。この音を聞くと、なぜか落ち着く僕がいる。
「おっ、いらっしゃい」
今の僕が心の底からなんでも話せる相手である。銀縁の細い眼鏡がとても似合う知的そうな方である。しかし、その外見とは裏腹に、少し強めの冗談をよく言うノリが強い方。それでも、相談にはしっかりと解決または、僕がスッキリするまでいつまでも付き合ってくれる、東京のお兄さんのような存在だ。
「どうした?。いつにも増して、顔色悪いけどっ」
僕がカウンター席に座ると、磨いていたグラスを置き、台拭きを僕の前に置く。
「僕、客なんだけどな」
「開店前に来たからな。ちょっとは働いてもらわねぇと。で、何があった?。面倒くせぇ客にでもあったか?」と、またグラスを磨きながら言った。
「…橘さんのこと、思い出しちゃってさ…」内容が内容であるためか、自然と気も落ちていた。
「あぁ。…この際忘れちまったらどうだ?。パッと」
衝撃の言葉すぎて、言葉を失った。
「ハハッ。そんな顔すんなって。冗談だってじょーだん」言葉と同時に大きな掌で頭をポンポン、と。
「冗談…って。止めてよ」愛想笑いをする余裕もなかった。『忘れる』と簡単に言っても、三年も思い続けた人を忘れることができる人はいるのだろうか?。
「悪りぃ悪りぃ。でもよ、正直なところ三年も前だろ。前にも言ったけどよ、ここで知名度調査して結構知ってる奴がいたんだからよ。そいつも知らねぇわけじゃねぇと思うんだよ。そんで、来ねぇってことは…、言いたかねぇけど、あっちが忘れてんじゃねぇかなって、俺は思うけど」
その言葉にきっと間違いはない。でも、認めたくない自分がいるせいで、自然に涙が溢れていた。
「どうしたら、いいのかな」橘さんを思い出す度に、むせび泣いてしまう。
「まだ好きなら待ち続けて、ちょっとでも揺らいでんなら忘れる。俺から言えんのは、以上っ」
「…うん」今の僕が正直分からない。この迷いは、もう揺らいでいる証拠なのかもしれない。「忘れた方が、楽なのかな」と、声に出そうとしたが、それは止めた。
「ちょっと裏で休んでけよ。顔色悪りぃのは嘘じゃねぇからよ」
「…うん。ありがと」そのまま、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉を抜け、横長ソファに横になる。小さくため息をつき、ゆっくりと目を閉じた。
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