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衝撃の真実

 目が覚めると、とても気持ちが清々しかった。このホテルは何度か利用したことがあるが、いつも気持ちは落ちていた。お金を貰っても、好きじゃなければ良くもない。自分で決めた道だから、後悔はしてはいないが、いつもはとてつもなく苦しかった。  でも、今は違う。 「おはよ。よく眠れたかい?」  隣に座る上裸の橘さんが優しく微笑みかけてくれた。 「おはようございます」  僕がむくりと起き上がると、橘さんは近くに置いてあった白いワイシャツを着始める。 「…藍君。君に謝りたいことがあるんだよ」と、少し下を見つめて僕に言った。その雰囲気は、下手でも冗談を言う空気ではなかった。 「なんですか?」別に昨夜は痛くもなく、とても気持ちが良かったが。何かあるのだろうか。 「…俺は、あの時の『橘』じゃないんだ…」 「え?…」  何を言っているのだろうか。  顔も声も背格好も全て同じ。何が違うというのだろうか。 「どういう…ことですか?」  僕の問いかけを聞いたその顔は、眉が少し下がっていた。そして、小さく息を吐き、「実は、あの時の橘は俺の双子の弟なんだ。俺は、橘 日向、日が向くの日向。弟の方が、橘 美月(みつき)、美しい月の美月。本当に申し訳ないと思ってる。騙すつもりはなかったんだ。でも、」 「僕が急に泣き出したから、言いにくくなっちゃったんですよね…。すみません。日向さんは悪くないですよ。勝手に勘違いした僕が悪いんですよ…」自分で分かってるのに、勝手に涙が溢れてくる。  馬鹿な自分に腹が立つ。自分だけ舞い上がって。日向さんをずっと困らせていたなんて。僕は本当に馬鹿だ。 「違うよっ。言い出せなかった俺が悪いんだ。俺と美月は親でも間違えるほどだ。君に分かるはずがない。…本当にすまない」  正座をし、ベットに頭が沈むほど深々と頭を下げる日向さんを見ていると、申し訳ない気持ちが溢れてきて、さらに気づかなかった自分が情けなくなる。 外見で分からなくても、肌の触れ方で分かるはず。確かに一度だけの関係だったが、あの感触は今でも忘れていない。冷たいけど、どこか暖かいあの手の感触を。 「頭を…、上げて下さい」  僕は堪えきれない涙を堪え、日向さんはゆっくりと頭を上げる。自分を責めているのか、少しシワがあるベッドのシーツを見つめている。  僕は日向さんにこのまま居てもらっても悪いから、「…帰って下さい」と一言いった。正直に言うと、少しの間一人になりたかっただけなんだが。 「…お詫びになるかは分からないけど、今日ここに午後二時来てくれるかな。美月を連れて来るから。嫌なら来なくて全然いいからさ」そう言い、ホテルの備え付けのメモ紙に何かを書いていた。そして、鞄の中から財布を取り出し、何枚かの札を抜き取り「裸で申し訳ないけど」と言い残し、そのままホテルの部屋を静かに出た。  僕一人になった部屋はとても静かになった。 落ち着き始めた僕は、日向さんが書き残していったメモ紙に目を向けた。近くに置いてあった現金は、一万円札が一五枚あった。これを受け取って良いものか、少しの間自分と葛藤し、結局懐に入れた。 そして、メモ紙には午後二時と「ル・ドルン」とその建物の住所と思われるものが書いてあった。  この名には、聞き覚えがあった。何度かテレビで見たことのある、店員が全員イケメンというなんとも夢の話のカフェである。  行きたい気持ちはもちろんある。しかし、行った場所に居たのが、また日向さんだとしたら。 さっきの話、話し方が全て嘘だとしたら。  また、僕が辛くなるだけだ。  僕は人生で、何度苦しめばいいのだろうか。  もう、苦しみたくはない。

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