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【見夏編】第6話
* * *
その日の夜、俺は夢を見た……北城のことを考えていたせいか、夢にまで彼が出てきた。
『見夏先生、俺寂しいんだ』
『どうして……?』
『……俺のことを本当に想ってくれてるの、先生だけかもしれないって、時より怖くなるだ』
そう言ってふわりとすっぽり彼の胸に埋まるようにして、抱き締められる。
夢でも高い体温、心地よい感触、高い身長故に見上げるようにしているから少しドキドキする。
男同士──…それも重なって、まるで女の子にでもなったような夢心地な気分に陥る。
けど北城の様子はそうではない。
『先生だけは、俺から離れてくれないよね?』
俺はその質問に──…答えられなかった。
* * *
アラームの音で目覚め、また壊れるような虚しさが残った時、朝なんだと気づく。
隣に北城はいない、なぜかそれだけで夢のことを思い出して、どっと疲れに襲われる。
けど学校には行かなくてはならない──…俺の行動は意に反して出掛ける準備を始め、そしていつもの場所へと向かっていた。
「おはよう理人。……お前ちょっと疲れてないか?」
「うん、まあその……色々あって」
「お前も大変だな~…、まあ教師は立ちっぱなしだし、その分疲れやすいよな」
「何かあればエナジードリンク分けてね」
「了解」
秋斗と会話を交わしていたその時、秋斗の方に一人の生徒が近づいているのに気がついた。
その生徒は優等生ということで有名な仁科逞で、北城と絶対に関わらないであろう人で、何より純粋で可愛いという印象がある。
──!
──俺なんで、北城のこと知らず知らず考えてるんだろ……。
「秋斗先生、その……風邪引いたので保健室に行きます」
「待って、俺も着いていく」
「え、いや、……悪いですよ。
一人で行けます」
「あのなぁ……逞はもうちょっと甘えてもいいんだぞ?現にふらふらだし」
──?
俺はちょっとした違和感を感じた。
それは自惚れかもしれないけど、仁科は絶対に先生のことは名字で呼ぶはずなのだ、そっちの方が礼儀が正しいって彼自身が言っていた。
けど仁科だけではなく、名字で呼ぶ秋斗も呼び捨て……珍しいな。
二人で並んでる姿を見ると本当にカップルみたいだ、優等生とクール教師。
仁科がいい感じに身長が低いから本当にそう見える、実際北城の方が背が高くて、俺達はそう見えないけども。
「恋人ねー…」
幸い学園祭の準備で慌ただしいため、職員室には俺だけが残り、ぽつりとそう呟く。
しかしその呟きは聞かれていたようで、後ろにはにやにやした北城が、学園祭で使う看板を持ったまま突っ立っている。
「……見夏先生、恋人欲しいんだ、そっか」
「い、今のはポロッと出て……!」
「顔が赤いから信じませーん。
言い訳はきかないよ」
「信じろって……」
「……無理」
学園祭の看板は実に良く出来ていて、北城の器用さが目に見えていて、文句の付け所が無い。
それどころかもう手を加えなくてもいいくらい、本当に良く、精巧にできている。
「こういうの得意だから頑張っちゃったんだー、我ながらによく出来てるでしょ」
「……天才!」
「照れるなー。先生、もっと誉めて」
「集客率百パーセント」
「やった」
──この調子で気合い入れて授業に出てくれれば完璧なのに。
彼のもったいないところを考えた時、ふと北城が俺の瞳をじっと見つめてこう呟く。
「先生っさ、ジンクスって信じる?」
「ジンクス……学園祭の?」
「そ。俺は信じてるから聞きたかっただけ」
一色高等学校学園祭のジンクスは、2通りある。
1つは、学校で行われる打ち上げの途中にどこかの教室でキスをすると『運命の人に巡り会える』。
もう1つは、校舎内に1つだけ隠された『アンクレット』を見つけ、好きな人の足に付けると『永遠を誓える』。
1つめは抜け出す生徒がいるため禁止されているが、2つめは割りと有名で、このジンクスの為に来ている人が多い。
正直ロマンチックだと思う……俺は別に現実的では無いし、むしろこういった類いのものは憧れたりもする。
「……信じてるかな。
普通に素敵だと思う」
「え、意外……」
「俺が意外なら北城だって意外だよ」
──文化祭、またジンクスのおかげで集まるといいな。
文化祭は明後日で、今日明日が準備の追い込み時なため、北城を教室へと帰らせる。
──北城がジンクスを信じてるなら、誰とするんだろう?
俺達はセフレに過ぎず、バレてはお仕舞いな関係で、償いの為に彼は存在している。
でもその隙間に一ミリでも恋があるのならば、俺達はもっと早くこのもやもやや自殺願望でさえ、解決できたのかもしれない。
そう思うと俺達は恋人未満なところがある……どこかに愛が混ざらないようにしなくては、償いの為に抱かれなくては。
だって俺は、このままずるずると引き摺ってるわけにはいかないんだ。
* * *
そして文化祭当日。
生徒にほとんど任せた文化祭は大盛況で、俺はお陰さまで手持ちぶさた、暇である。
かといってトラブルが無いか見回りをする必要があるため、ぶらぶらと出店を観察しながら、廊下を歩いていた。
後ろからとんっと肩を叩かれる……この叩きかたは北城だ。
しかし振り向くとそこにはあの優等生である仁科がいて、小さく俺に呟くのだ。
「見夏先生、秋斗先生知りませんか?」
「確か……たこ焼きの列に並んでた気がする」
「ありがとうございます!助かりました」
仁科は顔をぱあっと輝かせ、走るように廊下を駆け抜けていく。
その様子が実に健気で可愛くて、もうあの二人付き合ってるんじゃないか?と思わせる……そうであってもいいのだけれど。
こんな風に俺も誰かを想うようになれたら、セックスの感覚だって、きっと格別に違うのだろう。
また後ろからとんっと肩を叩かれる……それは今度こそ、今まさに考えていた北城だった。
「……みんなジンクスのアンクレット探ししててさー、友達にも手伝ってって言われたんだよね。先生知らない?」
「……そもそもアンクレット自体無い可能性は?」
「0。言ったでしょ、俺信じてるって」
──変なところで気合い入れるんだよなぁ……。
そこも子供っぽくてかわいかったりするんだけど、体つきが良くて、男子高校生だということを思わせてくれる。
せっかくだし一緒に探してあげよう、俺だってジンクスには興味があるし、困っているのなら助けてあげたい。
「アンクレットといってもどんな感じか分かるか?」
「黒ユリのモチーフだとかは聞いたことがある」
「……意外と不吉だな。まあ暇だし、一緒に探す」
「……え、いいの!?やった。先生ありがと」
二人して手当たり次第探すも、見つからないどころか、どんどん時間は過ぎていく。
もう誰かに見つかってしまった可能性もあるけど、北城の必死な様子から、よほど大切な友達だと谷間見えるから探したくなる。
ぐるぐるぐるぐる……校舎を回り続けるうちに俺は疲れてしまって、ぐったりとベンチに座る。
26歳の体力にはちょっと……きつい。
「先生ごめんね、これ焼きそば」
「ありがとう……あ、お金」
「いーのいーの、いつも無理させちゃってるしちょっとだけかわいい生徒に頼っていいじゃん」
……その『無理』は、別の意味を含むが。
「それにこの間はゲームさせてもらったし」
「あぁ…確かにそれもあった」
「うん。お陰で頭冷ますことができたから感謝してる」
母親とちょっとした喧嘩をしたと彼は言っていたが、その話題を振ると、また別の話題へと移り変わる。
まるでやめてって、それがタブーだって言うように。
詮索をして困らせたくないし、俺も彼とこれ以上踏み込みたくはない……だけど。
──何か決定的な、違和感がある。
……そもそもなぜ北城は俺の家まで来ることが出来る?
どうやって言い訳をして家を出てる?
彼のこと知ってるはずなのに知らない、かといって知っても俺も彼も変わらない。
俺達は歪だ、それは十分に分かってるだけど……何かぐちゃぐちゃとしたものが胸に広がる。
「……行こっか、俺の出店案内してあげる」
「うん……」
彼の時より寂しそうな表情も、子供っぽいところも、何もかも全てが……。
最近は、気味悪く感じるのだ。
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