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【見夏編】第8話
「うわぁぁあああぁぁ!!やめろー!!」
「前いかなきゃゴールにはたどり着けないよー?」
「ぐすっ……きたしろぉ……わざとしてるだろ……」
「俺こういう類いのやつ平気だし。
ほらほら、先生大人なんだから進んで進んでー」
北城に煽られつれ回され最悪の形で終わったお化け屋敷に、俺は息を乱しながらふらふらの状態でトイレへと駆け込む。
本能で北城に寄りかかると、北城はぐいっと俺を引っ張り、すっぽり胸に埋まるように抱き締める。
いつもの温かい体温と、誰かに見られたらという不安で、思わず胸を押してしまう。
けど男子高校生の力の強さは思ってたよりも大きくて、離れることはおろかびくともしない。
「こうすると先生、元気出るでしょ?」
──それとこれは違う……。
そう言おうと思っても次第にその体温に身体が慣れ始めて、ざわついた思いが駆け巡る。
ドキドキしてくらくらして、同時に痛いもの……いや切ないものが胸に広がった。
「ここ学校だから……その」
「誰かに見られたら文化祭のテンションって言えばいいよ」
「ち、違う……その」
「?」
──こんなことされると恋人みたいで…。
ときどき一線が分からなくなる。
でも言ったらまた気を使わせてしまいそうで、離れていってしまいそうで……。
俺自身の気持ちが定まらない。
セックスの時こんな思いはしないはず、しないはずだ。
なぜ今になってこんなこといちいち気にしなくちゃいけないんだろう?……分からない。
同時に北城は俺の何なんだと言ってしまいそうで、自然に避けてる俺がいる。
それがまるで俺の片想いみたいで、苦しいくらいに、痛い。
けどそれもいつもの体温が消してくれる……不思議。
「……嫌?こうされるの」
「……」
やめようか?……とは、言わない。
俺自身も沈黙しているということは、きっと続けてほしいことを願ってる。
さっきと抱き締めかたが酷く緩いことに気づいた、いつのまに力を緩めたのだろうか。
けど俺は離れない。
きっとこれが答え。
──何もかもが中途半端なことを、知っている。
それゆえなんだと思う、だけど。
いつも酷く温かいこの体温に包まれていたらいつか離れてしまいそうで。
この体温が俺だけのものなのか、知りたくなった。
……いや、俺だけのものなら。
ふと、11年前の光景がよぎる。
……忘れられそうなのに。
セックスでもなく、愛の無いセリフよりも、ずっとずっと……包まれていたいのが事実だから。
* * *
時間は早く過ぎ去るもので、もう夜空が顔を出し、広すぎるグラウンドに生徒が集まっている。
グラウンドの近くには、テーブルにオートブルやサンドイッチ……色とりどりの惣菜が置かれており、疲れた生徒の食欲を刺激する。
これが一色高等学校伝統の文化祭の打ち上げだ。
ちなみに校長のながーいスピーチから始まるのも恒例。
そして打ち上げといったら第1のジンクス──…。
──信じてるよ、俺。
ふと北城の声が頭を駆け巡る。
大丈夫だ。元々打ち上げの時は校舎内に入ってはいけないしその可能性は……。
「どうしてこんな時にあいつのこと考えるかな……」
冷えきったオレンジジュースはまるで俺の心そのもの。
ゆらゆらと水面は揺らめいて、味はおいしいけどすぐに空っぽになる。
それは紙コップの、虚ろな白一色。
期待している訳じゃない、ましては禁断の仲だ、世間は許してくれないし、れっきとした犯罪である。
──けどあの温もりを知ったら、手放すのだって嫌になるじゃん?
強欲すぎて。
この感情に名前はつけれない、つけてはいけないんだ。
だって二人は償いの為に存在しているのだから。
──なんだか無情にオレンジジュースが欲しい。
それか彼の温もりを、もう一度。
後ろからとんっと肩を叩かれる。
北城かと思って振り向くと、そこには養護教論である千草先生が、焦った顔で助けを求める。
息は荒く、緊急事態を予感し、俺はぞわっと鳥肌が立つ。
息を整えた彼は、開口一番にこういうのだ。
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