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【見夏編】第9話

「……時任くん知りませんか」 「え」 「保健室にいない上に、どの教室を探してもいなくて……トイレにも」 ──無理に動いたら、倒れてしまうかもしれないのに。 へたりと座り込むようにして地面に脚を着き、また息を乱す。 時任といえば時任夕陽。 校舎の中ではいい意味でも悪い意味でもなく、自然と広まっている名前だ。 別名──保健室に眠る華。 心臓病故にあまり身体が動かせず、保健室登校をしているあの──…。 もし何かあれば、一刻を争うかもしれない、増しては死だって……。 そんな一大事……、時任自身も知っていたのならどうして……! 「……探してない校舎は?」 「旧校舎のみです。僕ももう……限界」 ──先生全員に伝えて、いそいで捜索をお願いする。 その選択肢がパニックで浮かばなくて、俺も千草先生も、一人で探し回ることしか頭に無かったのだろう。 急いで旧校舎へ向かう、全速力で。 明かりが付かないため北城とやった輪投げで手にいれた景品……懐中電灯を用いて、辺りを照らす。 埃臭い匂いと、隠った空気で思わず胸焼けしてしまいそうなのを抑えて、慎重に1歩づつ廊下を歩いていく。 ──旧校舎のドアは絶対に開かないから、その時点で誰かはいる。 時任か、不審者か、それとも誰か。 そのことがいっそう俺の心をざわつかせた。 1階はいない。 2階はいない。 残すは……3階のみ。 これでいなかったら──…。 階段を上った先に人影を見つける。 時任かと思って目を凝らすが、明らかに体格が違う……懐中電灯を彼に照らしているのに気づかず、食い入るようにどこかを見ている。 それは目の前の教室のドアのガラス。 煤汚れているが教室が見えないことはない、だけど問題はそこじゃない。 教室に、誰かいる。 慎重に教室のもう1つの、彼がいない方のドアの窓を覗き、同じように食い入るように見つめる。 集中することで声が聞こえる。 明らかに聞き覚えがある──…それは何十年間、見知った親友の声。 聞き間違えるはずがない、しかしもう一人声が聞こえる。 声の高さからして仁科が近い。 ジンクスのことが頭を過る。 そんなまさか、お似合いだなと思っていたけれど、……本当に? じゃあ秋斗のことを探していたのは……恋人だったから? 「……逞かわいい、こっち向いて」 「とっくに向いてますよ、先生」 「ジンクス、もうとっくに叶えてるけど、逞とならしてよかった気がする」 「いつかその先もしましょうね…約束ですよ?」 笑いあう声、幸せそう。 恋が叶ったら、こんなに幸せなんだ。 秋斗も仁科も……お互いがお互い。 心にどす黒いものが広がる。 分かる……この名前は分かる……明らかに嫉妬だ。 きっと叶えられずにくよくよしていたものが、こうして見せられると、こんなにもショックなのか。 いつも一緒にいて、しつこいくらい絡んでくるのに、キスだってエッチだってしてるのに、その先は───無い。 叶わないものを無理に重ねてしまう。 君の体温を急に求めてしまう。 彼の胸のなかにあったのは、 安心 愛 優しさ そして恋──……。 一線は越えた、けどそこに何もない、愛。 片想い。 どうしていつも手の届かないところにそれはあるんだろう。 叶いたい願いでも、いつだって離れる。 気づいてしまった。 好き、大好き。 彼の心も身体も何もかもが俺を安心させてくれていた。 生きる意味をくれていた。 それなのに君は今どこを見てるの? ──…なんで仁科を見てるの。 「アンクレット、無くても良かったか」 チッと舌打ちが聞こえる。 それは俺の知らない北城の顔、秋斗に向けられた憎悪と悔しさの顔。 いつも抱き締めてくれる北城はどこへいったの? どうしてそんな顔をするの? ……知ってるくせに、それは北城が仁科のことが好きだから。 変な期待抱いてた自分……バカみたい。 北城が投げ捨てるように落とし煌めいたアンクレット……黒ユリの、ジンクスの通りのアンクレット。 黒ユリの花言葉は呪い、そして恋。 それがまるで今の自分と北城に重なって、痛くて切ない。 俺は北城に恋してる、けど北城は仁科に恋してる……。 校舎の外へ向かっている北城の背中を見て、好きという気持ちが溢れだす。 また償いの為に、俺を抱くの。 そうすることで寂しい思いは拭えるの? 知らない答えを──教えて、神様。 彼に恋をした理由はきっと時が教えてくれたのだから。 俺だったら、そんな顔させないのに。 どうして?

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