9 / 27
【見夏編】第9話
「……時任くん知りませんか」
「え」
「保健室にいない上に、どの教室を探してもいなくて……トイレにも」
──無理に動いたら、倒れてしまうかもしれないのに。
へたりと座り込むようにして地面に脚を着き、また息を乱す。
時任といえば時任夕陽。
校舎の中ではいい意味でも悪い意味でもなく、自然と広まっている名前だ。
別名──保健室に眠る華。
心臓病故にあまり身体が動かせず、保健室登校をしているあの──…。
もし何かあれば、一刻を争うかもしれない、増しては死だって……。
そんな一大事……、時任自身も知っていたのならどうして……!
「……探してない校舎は?」
「旧校舎のみです。僕ももう……限界」
──先生全員に伝えて、いそいで捜索をお願いする。
その選択肢がパニックで浮かばなくて、俺も千草先生も、一人で探し回ることしか頭に無かったのだろう。
急いで旧校舎へ向かう、全速力で。
明かりが付かないため北城とやった輪投げで手にいれた景品……懐中電灯を用いて、辺りを照らす。
埃臭い匂いと、隠った空気で思わず胸焼けしてしまいそうなのを抑えて、慎重に1歩づつ廊下を歩いていく。
──旧校舎のドアは絶対に開かないから、その時点で誰かはいる。
時任か、不審者か、それとも誰か。
そのことがいっそう俺の心をざわつかせた。
1階はいない。
2階はいない。
残すは……3階のみ。
これでいなかったら──…。
階段を上った先に人影を見つける。
時任かと思って目を凝らすが、明らかに体格が違う……懐中電灯を彼に照らしているのに気づかず、食い入るようにどこかを見ている。
それは目の前の教室のドアのガラス。
煤汚れているが教室が見えないことはない、だけど問題はそこじゃない。
教室に、誰かいる。
慎重に教室のもう1つの、彼がいない方のドアの窓を覗き、同じように食い入るように見つめる。
集中することで声が聞こえる。
明らかに聞き覚えがある──…それは何十年間、見知った親友の声。
聞き間違えるはずがない、しかしもう一人声が聞こえる。
声の高さからして仁科が近い。
ジンクスのことが頭を過る。
そんなまさか、お似合いだなと思っていたけれど、……本当に?
じゃあ秋斗のことを探していたのは……恋人だったから?
「……逞かわいい、こっち向いて」
「とっくに向いてますよ、先生」
「ジンクス、もうとっくに叶えてるけど、逞とならしてよかった気がする」
「いつかその先もしましょうね…約束ですよ?」
笑いあう声、幸せそう。
恋が叶ったら、こんなに幸せなんだ。
秋斗も仁科も……お互いがお互い。
心にどす黒いものが広がる。
分かる……この名前は分かる……明らかに嫉妬だ。
きっと叶えられずにくよくよしていたものが、こうして見せられると、こんなにもショックなのか。
いつも一緒にいて、しつこいくらい絡んでくるのに、キスだってエッチだってしてるのに、その先は───無い。
叶わないものを無理に重ねてしまう。
君の体温を急に求めてしまう。
彼の胸のなかにあったのは、
安心
愛
優しさ
そして恋──……。
一線は越えた、けどそこに何もない、愛。
片想い。
どうしていつも手の届かないところにそれはあるんだろう。
叶いたい願いでも、いつだって離れる。
気づいてしまった。
好き、大好き。
彼の心も身体も何もかもが俺を安心させてくれていた。
生きる意味をくれていた。
それなのに君は今どこを見てるの?
──…なんで仁科を見てるの。
「アンクレット、無くても良かったか」
チッと舌打ちが聞こえる。
それは俺の知らない北城の顔、秋斗に向けられた憎悪と悔しさの顔。
いつも抱き締めてくれる北城はどこへいったの?
どうしてそんな顔をするの?
……知ってるくせに、それは北城が仁科のことが好きだから。
変な期待抱いてた自分……バカみたい。
北城が投げ捨てるように落とし煌めいたアンクレット……黒ユリの、ジンクスの通りのアンクレット。
黒ユリの花言葉は呪い、そして恋。
それがまるで今の自分と北城に重なって、痛くて切ない。
俺は北城に恋してる、けど北城は仁科に恋してる……。
校舎の外へ向かっている北城の背中を見て、好きという気持ちが溢れだす。
また償いの為に、俺を抱くの。
そうすることで寂しい思いは拭えるの?
知らない答えを──教えて、神様。
彼に恋をした理由はきっと時が教えてくれたのだから。
俺だったら、そんな顔させないのに。
どうして?
ともだちにシェアしよう!