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【見夏編】第10話

* * * 「見夏先生ありがとうございます。まさか保健室に戻っていたとは……んって……え?」 グラウンドに戻った俺の顔を見て、千草先生はぎょっとした顔で見つめる。 無理はない……泣いたのだ、失恋で。 いつも違うって決めつけてた恋が、嫉妬よって呆気なく暴かれ、そして北城の片想いの相手も知ってしまった。 辛さのダブルパンチで、腫れ上がった目蓋が、ひりひりと痛みを放つ。 それが俺を嘲笑ってるみたいで、怖い。 「と、とにかく保健室に向かいましょう………」 千草先生の白い男性特有のゴツゴツした手に引かれて、薬品の臭いを放つ保健室へと向かう。 保健室の電気が着くと一層鏡に写った腫れ具合が酷くて、また泣いてしまいそうな位だ。 千草先生と向かい合うように座り、貰った保冷剤で目を冷すと、するするーっと痛みが引いていく。 「僕、無理させちゃいました……?」 「ち、違うんです。これは……これは」 思い出すたびに、また切ないものがあふれでてしまう。 堪えるようにしてなんとか言い訳を探すと、すすり泣く声に堪えかねたのか、シャッとカーテンが開き華が出迎える。 入学式以来見ていない時任の顔、それなのに昨日あったかのような感覚に陥る。 ……それは時任が美少年だからかもしれない。忘れられそうにないほどの。 しかし、口を開けば、棘のような言葉が刺さる。 「……何男が泣いてんの。失恋?」 どうやら保健室に眠る華は、想像以上に強いらしい。 「男だからシャキッとしなよ」 「……時任くん、先生ですよ」 「俺にとっての先生は千草先生以外あり得ない、認めない」 美少年特有の大きな目が細められた時、ぞくりと悪寒が走った。 彼もまた憎悪の目を持っている……俺に対して。 余計に北城のことを思い出して、必死に別のことを考えようと思っても無理だった。 この美少年の前では。 「で、失恋かって聞いてるの」 「なんで分かって……」 「だって全部見てたもん。最初から最期まで、旧校舎で」 なら話が早い。 というか誤魔化しようがきかない。 北城には気がついたが、時任までは気づけなかった。 「……合ってる」 「……ふぅん」 変に追求されるよりかは、そうやって無関心な反応を示されると、変に心が落ち着けた。 しかし時任にとって重要なのはそこじゃなくて、もっと別の、俺の考え付かないような所だった。 「俺最期まで見てたっていったけど、離れてたからアンクレット取り返すことができなくてさ」 くるっと窓辺を向き、呟く彼の姿は、独り立ちした大人よりずっと眩しかった。 黒ユリのアンクレットは北城によって地面に落とされた後、ちょっとしてすぐ教室を出た仁科達に拾われたから、無理もない。 その話を聞くと俺の後ろにいた可能性が高い……階段は俺側にあっても、北城側にも階段があったから。 「フラれた気分転換と思って取り返すの手伝ってよ」 凛とした表情に、思わず息を飲む。 「……時任くん、何度も言いますが彼は先生で……」 「……無理だよ俺じゃ。取り返すの。だってあいつと喧嘩してるんだもん」 事情があるのか時任は、溜め息を吐き、消極的にそう吐き捨てる。 もし協力したら、必然的に仁科と接することになる。 けど教室面をして彼に近づくのも億劫で、なるべくならば近づかないようにはしたいのだけれど……。 ──頭の回転が早いのか、時任はこんなことを提案する。 「もし協力してくれたら、いつかあげるよ、そのアンクレット」 「え」 「そのアンクレットのおかげで今の理事長とか、卒業生とか結婚してるんだから効果は絶大でしょ。今の先生なら喉から手が出るくらい欲しいんじゃないの?」 ──正直言うと、欲しい。 それで1つきっかけになるならば、今すぐにでも欲しい。 そう思う俺は本当にわがままだ。 「分かった」 「……見夏先生本気ですか?」 「それで俺も満足できるのなら、やりたいんです……千草先生すみません」 「……やはり失恋だったのですね」 もはや時任が神様のように思えて、病弱な美少年のイメージはことごとく消えていく。 こんなちっぽけな生徒に諭されるなんて本当に我ながら……汚い。 けどここからは、自己満足との戦いである。 「明日の放課後、またここに来て欲しい。 色々と作戦立てるから」 「……了解」 「ありがと」 口は悪いが素直にお礼を言う所を見て、少し年相応のかわいさを感じた。 千草先生は相変わらず心配そうな顔をしていたが、穏やかな性格であるからたぶん……たぶん許してくれるだろう。 そうこうして千草先生に慰められ、時任に罵られ、少しばかり立ち直りつつあった。 思い浮かぶのは好きになった生徒のこと。 綺麗に染めた茶髪に、男らしい体つき。 好きになったのが生徒で男──…そんなことは関係ない。 問題は俺に振り向いてくれるか。 今すぐにでも伝えたい思いをグッとこらえて、夜空は朝日へと変わろうとしている。 ……そんななかに俺は夢を見た。

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