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【見夏編】第11話

* * * 「先生ってさ、悲しくても寂しくても、この世界を生きたいと思う?」 高い体温の北城に抱かれながら、ふわふわと心地よい感覚に揺られていた。 この温もりは本物じゃないことを知っている。 けど現実と投影して彼を見ていると、この醒めない夢が、いつまでも続けばいいと感じた。 「……生きたいのかな」 まるで自分に言い聞かせるようにそう呟く。 夢の中の北城はそっかと呟き、ぎゅっと更に強く俺を抱き締める。 俺にとって寂しくて悲しい世界は……ここだったはず。 なのに俺は随分と答えが変わったのか、生きたいと感じていた。 どうしてだか分からなかったが、きっと恋の力。 ……それってすごい、素敵。 目覚ましの音が鳴り響くまで俺はずっと、ぐるぐるとそんなことを考えながら夢の中を堪能した。 ──でも気づいてしまった。 ──生きたいと感じ始めた俺にはもう北城とのセックスは、要らないことを。 ──もう償わなくてもいい。 言いたくない……まだ。 * * * 「……そういえばなんで時任はアンクレットを取り戻したいんだ?」 「元々あのアンクレットはお母さんの。 けど偶然落としたやつがまさかジンクスになるなんて思ってなかったらしい」 放課後の保健室。 千草先生を待つ時間を使って、軽く雑談を交わすうちに色々な事が分かってきた。 まずはアンクレットの件。 時任の母は、ありとあらゆる手段で取り返してきたが、やはり落としてしまう癖は直らなかったらしい。 卒業式に落とすという致命的なミスを犯し、時任の入学時までこの校舎に隠れていた……よく見つからなかったものだ。 ちなみに時任の母の愛のこもった手作りで、黒ユリに秘めた花言葉はやはり、【恋】だった。 「でもそうしたら……俺にあげない方がいいんじゃ……」 「……。いや、……これで終わりなんていってないけど」 ──珍しい、時任が口ごもるなんて。 しばらくじっと見つめていたのが原因か、観念したように口を開いた。 「……千草先生、反対はしたけど結局取り返すのにも手伝ってくれるでしょ」 馬鹿みたいに優しいよね、と微笑む。 「学校内で失恋するだなんて絶対生徒が相手だって分かってるくせに。 ……だから好きなんだ俺」 今までこんな扱いなんてされたことなかったから──…。 そう言ってぼんやり遠くを見つめてる姿は、まるで恋する人そのもの。 でも分かる気がする。 千草先生のことを話すとき、見違えたように明るく、素直になるのだから。 「──…できることなら永遠であってほしい。 願掛けみたいなもんだよ。 これ以上のものが表れたら手放すかもしんないけど。 ……例えば指輪とかね」 諦めたように虚ろいだ目は、徐々に輝きを取り戻していくようにも見えた。 だが俺にはよく分かった。 時任自身は覚悟してすがっているのだ。 ──…いずれ、遅かれ早かれ心臓病で死んでしまうのだから。 千草先生を信じて待ってる。 きっと離れないからアンクレット以上のものをくれるって。 絶対に辛いはずなのに。 ……なんで俺、失恋してくよくよしてたんだろう。 前を向かなきゃいけないのに、振り向かせないといけないのに、どうして。 俺の中の悲しみの何かが、張り裂ける音がした。 ……本当に時任は強いな。 「じゃあその時まで、先生待つよ」 失恋二日目にして俺は、完全に立ち直っていた。 それは時任の強さに影響され、考えを変えるようになった結果だ。 「指輪貰えるといいな」 「……うん。早く欲しいなら協力してよね」 犯罪とかそれ以上に俺は、きっと北城との未来に、なにか光を見いだしていたのかもしれない。 そうでないとそんなことはしない。 【永遠】──…アンクレットのジンクス。 お願い、二人を繋いで……。 離れないうちに。

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