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【見夏編】第13話

「あ」 「あ」 ドアを開けた瞬間待ち構えていたのは、何と仁科だった。 どのプランにもなかったまさかの展開に、全員の目が点になる。 一方仁科の方はというともじもじした様子で時任を見つめている。 ……仁科が何をしたいか一瞬で理解できたが、時任はツンとした態度のままだ。 「……えっとね、夕陽くん俺──…」 「……今更何の用?」 「……っ」 緊迫した空気が漂う。 こんな風に仲直りが長引いたのは、仁科の遠慮がちな性格と、時任のひねくれた性格故なのかもしれない。 すると時任は吐き出すかのように、言葉を口から漏らす。 その姿は明らかに辛そうに見えた。 「……俺がそばにいたら、また心配かけるでしょ」 「そんなことない!ただ俺は……」 「これは一人の人間の命に関わるものなんだよ。 無理だよ、俺達」 仁科は目を見開いて絶望した表情を浮かべている。 虚ろでからっぽになってしまったみたいに、表情はびくともしないまま。 仁科にとって意外な反応だったのかもしれない。 「……俺が病気じゃなかったら良かったね……」 溜め息を吐き、時任は突き飛ばすかのように、廊下を進んでいく。 まさかここまでの大喧嘩とは思わなかったが、俺にはどうしても、事情があって仲直りが出来ないようにしか思えない。 仁科がかわいそうだったが、時任は時任なりの問題があるのなら、それはあまりにも辛い。 ──千草先生以外の人、先生だなんて思えない。 保健室で俺に言いはなった言葉が、妙に胸に刺さる。 俺も信じられないのなら、教師面をするのもきっと意味が無いのだろう。 けど何か別の方法はないか? 別の方法で二人を救えないだろうか? 「仁科」 「………?」 ──まさか恋敵の手を貸すなんて、昔の俺だったら考えられない。 でも、手を貸さずにはいられない。 「先生と中庭で話さないか?」 * * * 中庭にあるベンチには誰もいなかったが、俺たちは芝生に大の字で横になっていた。 青く澄んだ空が酷く虚ろな一色に見えて、二人して溜め息を吐く。 千草先生は時任を追いかけ、相馬先生を捕まえた後で中庭に合流させるらしい。 なんだかんだ言って一番迷惑を掛けてごめんなさい……。 少し気分が晴れたのか、仁科は喧嘩のことについてぽつりぽつりと話しはじめた。 その声には何か、届かない思いを含んでいる。 「本当は俺がいけないんです。 時任くんが病気だからとかじゃなく、根本的な原因は俺にあるんです……」 ──2年前。 時任と仁科が、当時中学3年生にあたる。 二人は本当に大の仲良しで、登下校も、何をするにしても一緒だった。 仁科は時任が一番大切で、彼のためなら心臓を差し出してもいい覚悟だったらしい。 「ドナーカード、貰ったりしてたんですよ。 本当に大好きだったんです」 なのに、だ。 「けど俺、彼を苦しめちゃった……」 中学校生活最後の体育祭の日。 その日は仁科にとって最も憂鬱な日であり、泣きたくなる日だったらしい。 元々勉強ばかりしてて運動がダメだった仁科は、体育の時散々からかわれてきた。 エスカレートすることはなかったがそれがあまりにも辛くて、時任には相談できなかった。 時任が体育の時、保健室で自習をして気づけなかったということもあるが、なにより運動ができないからこそらしい。 贅沢な悩みだと言われ、嫌われるのを恐れた。 だからこそ、近くで見学をする時任に、少し怖がっていたらしい。 「もちろんその日の体育祭も色々言われました。けど……その時は競技中だったんです」 不運にも彼に知られてしまったのが仇になった。 時任は仁科の為に競技を変わった。 「夕陽くんすごい速かったんです。 ……クラスで一番速い人に勝つくらい」 「……」 嫌でも、結果が見えてしまう。 「でもその後すぐに……発作が……。 俺、なんにもできなくて……ただ救急車に運ばれてく彼を見ることしかできなくって」 病院で時任に責めたらしい。 どうして変わったのかと。 時任は、自信ありげに俺が出たら優勝するからって言ったけど、本当に辛そうで……。 「……口論になりました。 時任くんの両親にも嫌われてしまって。 思わず夕陽くんが出なかったらよかったのにって言ってしまって……」 時任はそれで激しく怒り、仁科を酷く殴り付けたらしい。 仁科の額には、それらしき痕がある。 時任が競技に出たおかげで優勝したのも確かだし、その後仁科は何も言われなくなった……だから。 感謝できなかった自分が憎い、と。

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