目が覚めた時、私は温かな布団の中にいた。 　息がちゃんと出来る。腕も自由になる。薄手の服が着せられている。 　助かった。そう思った私はあまりに浅はかだった。 　ガチャリッと重たい鎖の音がする。見れば足には太い囚人用の枷がつけられている。それに首輪もそのままだ。 「そんな……」 　救われた。そう思った直後に違うのだと知る。その絶望は深く心を苛んでいく。 　その時、部屋のドアを開ける音に視線を上げた。そしてそこに立つ男を目の前に、固まっていた。 　黒を基調とした男は異様な出で立ちをしていた。整った顔立ち、その左目だけを覆い隠す銀のマスクが目を惹いた。 「目が覚めたようですね」 　抑揚のない声と、真っ直ぐな青い瞳が私を不躾に見ている。視線に犯されているような気すらして、私は恥ずかしく体を隠した。 「ご自分の状況は、理解できているようですね」 　慈悲のない声。気遣う事もない。 　足に、首に枷をしたのだから当然心遣いなど期待するべきではない。分かっていても裏切りに苦しむ心には痛んだ。 「あまり期待しないことです。顔も知らぬ者の慰み者となるか、狂った男の慰み者となるかの違いしかありませんから。貴方の星は既に奈落ですよ」 「……どういうことだ？」 　私は男を睨み付ける。私に起こった全てを知っている様な……いや、この後の全てを知っている様な口振りだ。 　男は興味もなさそうにしている。感情のない視線が私を見つめる。 「隣国のスルヘ王子をご存じですか」 「知っている。招いた宴で私を口説き、あろうことかハーレムへ入れと言った狂った男の名だ」 「確かに狂っていますね。それを恨み、貴方に執着し、なんの許しも得ずに攻め入ったのですから」 「……なん、だって？」 　あまりの事に私は目を剥く。それは、本当の事なのか？　男のハーレムに男の私を誘う方が狂っている。それが原因で領地は蹂躙され、私は囚われたとでもいうのか。 　だが、目の前の男が嘘を言っている様子はない。真っ直ぐに冷たい湖のような瞳を向けるのみだ。 「あの方に目をつけられたことが、貴方の不幸です。既に運命は決まったも同然、あとは不興を買わないよう努めるくらいしかできません」 「ふざけるな！　私にハーレムに入れというのか！」 「そのようにお望みです」 　カッと体が熱くなる。怒りに身の内が震える。立ち上がろうとして、足の枷が邪魔をして倒れていく。受け止めた男を睨み付け、私はその胸を思いきり殴った。 「私は男だぞ！　男にハーレムに入れなどと、どれだけ私を貶める！　私が何をしたというのだ！」 「貴方は弱く、そして美しすぎたのですよ。アスラン王子」 「ふざけるなぁぁ！！」 　叫びは虚しく響くのみ。応える者など誰もいない。 　男は私に名を告げて、さっさと出て行ってしまった。あとの事は侍従に言えと残して。 　ナストゥーフ。それが私を捕らえた男の名だ。