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第8話
死にかけていたというのは、本当だったらしい。弱り切った私の体は最初、まっとうな食事を受け付けなかった。
そんな私を側で看病し続けたのはナストゥーフだった。
根気強く食べられる物を小さくして与え、ふらつく足元を支えて風の通る場所へと連れて行き、湯浴みも全てを行ってくれた。
でもその間、会話は少なかった。
だが何故だろう、私はずっと穏やかだ。
それはきっとナストゥーフの感情が見えるようになったから。気遣う瞳、傷つけないように触れる手。言葉など無くてもその全てが語りかける。悪い感情ではないのだと。
一ヶ月、私の体はすっかり健康を取り戻した。そしてこの日、ランプの明かりの中で私は改めて彼と向き直っていた。
「お体の具合は、もう良いのですか?」
「問題ない」
小さく笑い、頷く。無機質を装う瞳を見つめ、私は手を伸ばして彼の銀の仮面を外した。
現れた、傷を負った左目に恐る恐る触れてみる。窪んだそこに、瞳はなかった。傷は歪に盛り上がり、色が違い、肌が醜く引き連れている。
「醜いでしょうに」
「私が負わせた傷だ」
悲しげに青い瞳が揺れ、温かな手が私の手に重なる。沈痛な面持ちに、私の胸はズキリと痛んだ。
「死んだのだと思っていた」
「そうだろうと思っておりました」
「あの後、どうなったんだ?」
ナストゥーフは言い淀む。逡巡するように瞳が閉じ、沈黙が続く。私はジッと、時を待っていた。彼の頬に触れたまま。
「あの後、俺は城で治療を受けました。目は既に見えないからと抉り、熱に浮かされ死の淵を彷徨いましたが、神の加護があったのか回復しました」
「その後は」
「色々と。生きるため、ただ必死でした」
「私を頼ってはくれなかったのか?」
「……出来ません。貴方には死んだと伝えた。そう言われ、近づく事を禁じられましたから」
私は息を飲む。言葉が出ない。そして自らの愚かさを呪う。知ろうとしなかったこと、切り離したことを。
「私を、恨んだか?」
問えば痛む様に青い瞳が歪む。とても複雑そうに見つめてくるナストゥーフを見据えている。
「当然でしょ?」
「……そうか」
瞳を揺らしながら、抑揚のない声が言う。その真意はどこにあるんだ。お前の心は、真実はどこなんだ。言葉を信じればいいのか? 隠せない揺らめきを信じればいいのか?
ナストゥーフの手が私の肩を押し、寝台に横たえた。その上に陣取る彼を見上げても、私の中に以前のような拒絶はない。
不思議だ、あれほどに拒み、心は死んでいったのに今は違う。真っ直ぐに見つめ、この手を受け入れるつもりでいる。
「嫌がらないのですか」
「あぁ」
「それは、俺への償いのつもりですか?」
償い。その言葉に引っかかりを覚える。私は身を預ける事でこいつに償いをしているのか? こいつは私を犯す事を望み、求めているわけではない。主であるスルヘ王子の言いつけで、仕方なくしているのに。
ズキリと胸が痛んだ。前よりずっと、鋭い痛みだ。
「まぁ、助かります。一ヶ月も時が空きましたので、今日は少し苦しいかもしれませんよ」
そう言って、ナストゥーフの手が私の中を暴き始めた。
硬くなっていた私の後孔は簡単には受け入れなかった。指の一本を飲み込むのにも違和感が酷かった。
だが感じ方が違う。嫌だと思っていたはずの行為は、私を興奮させた。胸を啄む唇、扱き上げられる男茎に簡単に反応し、ブルブルと甘い痺れに体を震わせた。
「随分と素直になりましたね。思った程抵抗もありませんし」
「はぁ! あっ、んうぅ」
「まだ達しないでくださいね」
窘められ、素直に頷いて気を張った。
そのうちに身の内を暴く指が快楽のツボをやんわりと撫でる。途端、ビリビリと背に刺激が走り私は仰け反って熱い息を吐いた。
クリクリと深い部分を転がされ、捻るように指を回される。あられもなく乱れながら、私はこれまで感じた事もなかった快楽に飲まれた。
おかしな話しだ、これまでだって同じ事を散々されていたのにあの時とは感じ方が違う。身の内から震えながら甘く甘く蕩けていくのだ。
「はっ、あぁぅ……いゃ…我慢、できな……」
内股が震え、懇願した。指を三本飲み込み、容赦なく快楽を暴き立てられ、我慢も限界だ。欲しい、欲しいと訴えかける心。これは苦痛ではない。きっと、償いでもない。私はナストゥーフを求めている。求められないと分かっていても。
吐き出した熱が腹の上に散った。そして直ぐに、触れていた熱も去る。冷えていく体を感じる事が、悲しく苦しい。追いすがりたい気持ちが強くて、ただ彼に側にいてほしくて。
だがそれは、叶わないのだろう。彼を忘れ、傷つけ、苦しめた罪に対するこれが本当の贖い。この手を彼に伸ばしてはいけない。彼はそれを、望まないのだから。
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