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第12話

 バルズィーンが下がった後、側にはナストゥーフのみがいる。  ドキドキしているのは、気のせいではない。抱いた感情はもう、気のせいとは言わない。 「アスラン様、数日の内には国王陛下との謁見の準備が整います。それまでの間はこちらでお過ごしください。不足のものがございましたら、なんなりと」  臣下の声で言われ苦しくなるのは、もっと近くにいて欲しいからだ。触れる距離にいるのに、触れてくれないからだ。  待っていては、この距離は縮まらない。歩み寄り、腕に触れる。袖を引き、見上げた先の青い瞳は揺らいでいる。私と同じ切ない気持ちであれば良い。願いを込めて、私は伸び上がって唇を交わした。  触れるだけで、熱く切なさがこみ上げる。私はナストゥーフの事が好きだ。最悪の再会、だが全てを知った今は……彼が幼き友だと知った時からは変わった。教え込まれた体の昂ぶりは、彼の正体を知ってから心の昂ぶりも伴った。抱かれない事に悲しさを感じた。  至近距離にある青い瞳が無機質になる。驚いていたのに、今は凪いでいるようだ。  その目で見ないでくれ。物を見るような顔をしないでくれ。苦しくて、息ができなくなる。 「女性を用意いたしましょうか?」 「必要ない。私はお前が欲しい」  言って、もう一度口づける。直立状態だったナストゥーフの手が背に回り、腰を引き寄せてくる。青い瞳に、確かな光が宿っていた。 「恨んでいらっしゃらないのですか? 俺は散々に貴方を扱った。嫌だと言う貴方を無理矢理こじ開け、陵辱したのですよ?」 「……最初は恨んだ。殺してくれと本当に思った」 「えぇ、そうでしょう。だからこそ、食べる事も飲む事も拒み、衰弱し、高熱に冒されたのですから」  至近距離にある瞳が歪む。あの時は平然とした顔をしていたのに。  これが、本当のナストゥーフなのか。 「だがお前が失った友だと知った時、私の感情は変わった。……いいや、自らの運命と変わり行く体を拒絶したのであって、お前に対しての嫌悪は徐々に薄れていったのだ。スルヘに触れられて、それを知った。あの男に触れられた時、触れた部分を切り落としたいと思ってしまった。お前には感じなかった感覚だった」 「アスラン様」 「お前は、嫌だったか? 私の体に触れる時、何も感じてはいなかったか? 私がお前の正体に気付いてからは、時折眉根を寄せていた。拒まれている気がした。嫌になったのだと……憎まれているのだと思った」  ナストゥーフの端正な顔が歪む。腰に回った手が引き寄せてくる。熱くなる肌を感じる距離にいる。 「敵の目を欺く為にはやむを得ない事だと思っておりました」 「……そうか」 「ですが同時に、役得だと。触れる事など想像すらしていなかった貴方に触れられる。自らの手で男の味を貴方に教え込める。俺が触れる事で乱れる貴方を……たとえ恨まれたとしても、後にこの首を差し出しても、得る価値のある時を得たと思っておりました」 「それは!」  期待に胸が高鳴る。嫌悪でも、義務でもない感情が彼の中にあったのなら。  強く引き寄せられ、男臭い鋭い笑みを見上げる。飢えた獣が獲物を得たような、ゾクゾクとする瞳が私を捕らえて放さない。 「貴方が俺に落ちてきた。それを感じた時は、逆に悩ましくて苦しかったのですよ。明らかに貴方の感じ方が違った。抱いてくれと懇願されたとき、どれほどの忍耐を要したか。敵の目がなければ、俺は喜んで貴方を抱いた。貴方の初めての男になれる喜びを、神に感謝したでしょう」 「ナストゥーフ」 「あの男が貴方に触れた時、貴方を足蹴にした時、すぐにでも首を切り落としてやりたかった。多勢に無勢、貴方を逆に危険にしてしまうと何度も自らを諫め、見ないようにしてようやくです」  冷たい湖面を思わせた瞳は、今や燃えるような光を宿す。激しく奪い取られる事を想像させる輝きに、私の胸は甘く高鳴る。私も望んでいるのだ、この男の手で開かれ、甘く鳴き、身に受ける事を。  背に手を回し、胸に顔を埋め、寄り添った。ナストゥーフの香を堪能し、肉欲の気配を濃厚に感じる今、腹の奥が僅かに疼く。浅ましかろうと、今は恥じない。この疼きは心を置き去りにしていない。望み、望まれているのだから。 「アスラン様、貴方に囚われた愚かな俺を憐れんで頂けるのでしたら、どうかこの身に至福の時をお与えください」 「お前は面倒な言い回しをするな。もっと、はっきり言ってくれ」 「貴方が好きです。心から、愛しております。貴方の最初で最後の男でありたい。俺の忠誠の対価として、貴方を抱く事を許していただきたい」  簡単で良いと言ったのに、まったく。  苦笑する私の胸は熱く温もる。そっと、了承の口づけを。触れるだけの唇は、程なくナストゥーフの舌で蹂躙され、余すところなく触れられていく。  腰が抜けたように力の入らなくなった私の体を抱き寄せて、見た事のない男の目で彼が笑った。

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