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第10話
◇ ◇ ◇ ◇
「し、失礼致します……」
「そんなに緊張しなくとも貴方ならば楽にしてくださっていですよ――私は香茶を淹れてくるので、少し離れます。くれぐれも―――私の部屋の寝所の探索などしないのですよ?」
穏やかに微笑みながら―――尹先生は僕にそう告げると、そのまま――少し離れた場所にある茶湯場へと向かっていく。
幼い頃から尹医師の寝所へ入り浸る事が多かった僕だが、こうして彼の余裕がある時に訪れるのは―――初めての事だ。
だから―――尹先生の言葉に反して……つい、寝所の中を探索してみたくなったのだ。
医師である尹先生の寝所には医学書や薬草学について書かれている本など、他にも色々とΩであり劣等種と呼ばれて蔑まれてきた僕には無縁の本が沢山ある。こんな貴重な物を見る機会など滅多にない、と―――思わず手を伸ばした時の事だ。
誰の目にも触れさせない、と言わんばかりに赤い布で覆われた――それ、に気づいたのは。
―――ファサッ
涌き出てくる好奇心には抗えずに、だが、どことなく不安を感じ、おそるおそる赤い布を剥ぎ取った僕の目に飛び込んできた―――それは少し大きめの水槽だった。
そして、その水槽の中を―――黒い鯉が優雅に泳いでいるのだ。
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