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第11話
と、僕がその黒い鯉に見とれていた時―――、
―――静かに、だが確実に此方の方へと尹先生が近付いてくる足音が聞こえてきた。どうやらもう香茶を淹れたらしい。
慌てて、その黒い鯉が優雅に泳いでいる水槽へ元通りに赤い布をかけ直すと―――再び、様々な本がぎっしりと埋め尽くされている棚の方へと移動する。
なんとなく、その黒い鯉を見てはいけない気がしたのだ。もしかしたら、赤い布が水槽を覆い尽くしていたからそう感じたのかもしれないのだが―――。
―――バサッ!!
ふいに、ぎっしりと埋め尽くされている本を申し訳ないと思いつつ物色していた僕の手が滑り――その拍子に赤く装丁された本が床へと落ちてしまった。他の本に比べると―――随分と小さく、尚且つ薄いものだ。
「―――魄、香茶が入りましたよ……おや、全く貴方という子は……あれほど探索してはいけないと言いましたのに約束を破りましたね?」
「も、申し訳ございません……その……此処には貴重な本が沢山あるゆえ……つい、出来心で……」
「まったく……仕方がないですね。もう、よいでしょう―――ですが、今度は――探索してはなりませんよ?」
思ったよりも早く、尹先生が僕のいる場所へと戻ってきたため―――僕は思わず床へと落ちてしまった赤く装丁された薄い本を拾い上げ、懐へとしまう。
そして、部屋へと入ってきた後の尹先生の言葉を聞いて、僕は安堵した。ぎっしりと本で埋め尽くされている棚を見ていて物色した事には気づかれてはいるものの―――他の事には尹先生は気づいていないようだ。
(よかった―――僕が沢山の本に埋め尽くされた棚を見て物色している事には気付いていても―――水槽と黒い鯉を見てしまった事や……赤く装丁されている薄い本を懐に隠した事には気づかれていない―――)
その後、穏やかな笑みを浮かべながら僕に香茶を勧めてくる尹先生と一緒に談笑し、最後に以前忘れてしまっていた発情期よけの丸薬を受け取った頃には―――すっかり日が落ちて暗くなっていたため、名残惜しくも僕は尹先生の寝所を出て行き―――それから、とある場所へと向かうのだった。
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