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第35話 黒子の腹の中

ひび割れた鏡から逃れるように、屍王から贈られた高価そうな鏡台から離れると―――そのまま、とある場所へゆっくりと歩いて行く。 その時、格子戸の外で中庭に植えられている夜桜の花びらが―――ひら、ひらと舞っているのが見える。しかし、普通であれば皆の心を鷲掴みにする程に美しいその夜桜の光景ですら、過去を思いだしている今の吾にとっては目にすら入れたくはなく―――慌てて顔を背けると、そのまま目的の場所まで足を急ぐ。 ―――吾がこの王宮内で唯一癒される物が置かれている場所にまで辿り着くと、ようやく吾の心に安堵という感情が沸きだして安らぎの時が訪れるのだ。 ―――かつて村に住んでいた頃、斗鬼がくれた赤と白の模様の鯉が優雅に泳ぐ水槽。 その水槽内を泳ぐ鯉を見つめる事だけが己の名も姿さえも偽り続ける吾にとって、本当の吾に戻れる【癒しの場所】であり―――しかし、同時に過去の悲惨な出来事を思い出させる【呪いの場所】でもあるのだ。 「―――斗鬼、餌の時間だよ」 ぱら、ぱらと水槽内を泳ぐ初恋の少年の名と同じ名を与えた鯉に餌を与えながら再び目を固く閉じると―――吾はかつて村で暮らしていた頃の記憶と久々に向き合い始めるのだった。

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