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第36話 黒子の腹の中
◆ ◆ ◆ ◆
あれは――――吾が王宮に来てからの名である黒子ではなく、本当の名である『美魄(びはく)』と呼ばれていた時の事だ。
吾が生まれ育った村では―――愛する者同士が丹念に育てた鯉を互いに贈り合うと永遠に愛し合い幸せになれる、という昔からの言い伝えがあった。
―――そして、吾が未だに忘れさる事が出来ない内の一つ目の出来事は……確か村の豊穣を祈る祭りの前夜での家族との会話だった。
『ねえ、美魄……あなた、豊穣祭りの御子舞を踊るのに選ばれたのでしょう?さっき―――斗鬼が嬉しそうに話してくれたわ!!』
(村一番の美人だと評判だった、あねさまの満面の笑顔)
『……まあ、まあ――――流石は私の子ね。あなたは私達の自慢の子よ……美魄』
(病弱でありながらも―――吾を全身全霊で愛してくれた優しい、かかさまの美しい笑顔)
『―――今年は男子が御子舞を踊るのか……何か不吉な事が起こらぬとよいが……男子が御子舞を踊る年は……飢饉が起きたり、何かしら不吉な事が……いや、それはよそう……精一杯頑張れよ、美魄よ』
(信心深く、かつ神経質でありながらも―――結局は吾を応援してくれた尊敬すべき、ととさまの照れくさそうな笑顔)
―――もう二度と吾に向けてくれる事が叶わぬ今でも鮮明に思い浮かべられる。
そして、吾が未だに忘れさる事が出来ない二つ目の出来事は―――豊穣を祝う当日の祭りの日に起こった。
あの日も―――昼間と夜の違いこそあれ、格子戸の外に見える桜のように……村で一番立派だった桜の花が咲き誇っていたのだ。
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