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第37話 黒子の腹の中

『美魄―――さっきの踊り、見事だったな……それで、その―――お前に贈り物をしたいんだ』 『斗鬼……そ、それって……』 『俺が育てた……この鯉を―――受け取ってくれ……たとえΩ同士で運命の番になれなくても……俺のお前に対する思いは変わらない』 豊穣祭りの踊り手が御子舞を踊った後に、丹念に育てた鯉を互いに贈り合うとその者達は永遠に愛し合う事が出来、その魂すらもずっと離れる事はないと―――村にいた誰かが言っていた。純粋で子供のような斗鬼は素直にそれを信じたのだろう。だからこそ吾が御子舞を踊るのを―――じっと桜の木の下で待っていてくれたのだ。 『お前を―――お前だけを……愛してる……だから、この鯉を受け取ってくれ……』 『……吾も―――吾も――斗鬼を愛して……』 ――べちゃっ ―――余程、緊張していたのだろう。 斗鬼が震える手で渡そうとしてきた鯉が散ってしまった桜の花びらが落ちている地面へと落ちてしまい、その身を跳ねさせながら、苦し気にもがいているのを見て―――可哀想に思った吾は身を屈めて哀れな鯉を拾い上げようとした。 『…………ぐっ、び…………びは……く―――』 『……斗鬼……どうした……の……っ!!?』 今までに聞いた事もない程に―――苦し気な呻き声をあげる斗鬼―――。 周りから聞こえる村人達の恐怖と苦痛が混じった凄まじい悲鳴―――。 左胸を押さえる斗鬼の手の隙間から見える刃物の切っ先と、じわじわと滲んで衣服を汚していく夥しい量の真っ赤な血―――。 ぐしゃりと、あっけなく地面へと崩れ落ちて生気を失う斗鬼の後ろに立っている―――王宮衣を着用している見知らぬ男。 『―――済まない、これも……屍王様のご命令なのだ』 その王宮衣を纏った男が――――ぴくりとも動かなくなった斗鬼へ向けて何かを呟いたが、その時の吾は――それとは別の、ある光景に釘付けになっていて……録に聞きもしなかった。 ―――死んだ魚のように濁った目を此方へ向けている村一番の美人だった姉様。 ―――死んだ魚のように濁った目を此方へ向けている病弱ながらも優しかった、かかさま。 ―――死んだ魚のように濁った目を此方へ向けている信心深くも神経質で照れ屋だった、ととさま。 村人達の遺体と乱雑に重なり合いながらも――吾の愛しい家族の遺体の無惨な光景が吾の目に飛び込んでくるのだった。

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