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第62話
「ちくしょう……どこに消えやがったっち……まあ、いい……もう仕事に戻るやち!!」
「ちっ……せっかくの別嬪を喰う機会やったのに……損しただけやが……っ……」
と、そんな事を文句ありげに言い放つ船頭と仲間の男の声が聞こえてくるが――僕は、ひたすら動かないように身を強張らせつつ側にいて身を屈めて息を殺している王花様の手を固く握りしめていた。
大きめの壺とはいえ――中は蒸し暑く、しかも何故か生臭い匂いがしているため、早く出たかったのだが――ここで油断し、早々に出てしまえば確実に燗喩殿を救うどころか僕自身も王花様も彼らに捕まってしまい罪人として牢屋に入れられてしまうだろう。
「…………」
僕は半開きになっている蓋の隙間から慎重な様子で船頭達の様子を伺ってみる。すると、其処には既に――彼らの姿は見当たらなかった。ホッと安堵してから――店の主や周りにいる客に気付かれないように、なんとか隠れていた壺の中から出ると、僕と王花様の衣服が共に塵まみれになってしまっていた。どうやら、先程隠れていた壺は店の塵入れだったらしいが、取り敢えずそんな些細な事を気にしていられなかった僕は王花様の手を握りしめたまま――再び、急ぎ足で其処から去ろうとした。
しかし――、
―――ドンッ!!
壺の中から無事に出れたとはいえ、周りに沢山の人がいるという事に対して慌てふためいていた僕は其処の店から出る直前という所で――誰かにぶつかってしまうのだった。
――ちゃり、ちゃりんっ……
「ち、ちょっと……待つっちゃ――あんた、これ落としたっちゃよ……」
運悪く船頭達に渡そうと思って返された銭を、ぶつかった拍子に地面へ落としてしまい、そのぶつかった相手である男の童が驚いた様子で僕へと言ってくるのだった。
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