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第71話

◇ ◇ ◇ ◇ 「ほれ、ここが儂の店―――逆ノ目廓だ。いいか、弦月・水仙花魁の頼みだから汚らしい身なりの餓鬼であるおめえらを中に入れるんだ――くれぐれも、騒ぎだけは起こすんじゃねえぞ!?」 美しい一人の花魁と、その取り巻き――そして、塵にまみれた汚い身なりの僕らに突き刺さってくる通行人達の好奇の目に曝されながらも――ようやく《逆ノ目廓》へと辿り着く。 ――がらっ…… 「ああ―――旦那さん、やっとお帰りですやか?ちょいと、こっちに来とくれ……満月・菫花魁と新月・睡蓮花魁が――っ……」 「なに……また、喧嘩でもしとるんか?全く……満月・菫花魁にも困ったもんだ―――おい、餓鬼共……おめえらは此処で待って……」 廓の中に一足踏み入れた途端に、慌てた様子で店奥の方から入り口の方へ黒色の絨毯が敷かれた廊下を急ぎ足で駆け寄ってくる中年の女の人に気付いた。おそらく、その口振りから察するに――この逆ノ目廓の女将さんなのだろう。 と、その時だった―――。 「新月・睡蓮花魁……おめえが抱いているその白猫――どっかにやりいや!!臭うて、臭うて ……あちきは我慢ならんのや……今すぐ外へ捨ててきい!!」 「そ、それだけは……それだけは勘弁してくさいませ……後生ですから……どうか……それだけはっ……」 すぐ側の部屋から、勢いよく二人の花魁が飛び出してきた。一人の花魁は腕にふわふわの毛を生やしている白猫を大事そうに抱えながら体を震わせており、もう一人の花魁は鬼のような――もしくは蛇のような恐ろしい形相で体を小刻みち震わせながら白猫を抱えた花魁に怒鳴っている。 その二人の花魁の様子を目の当たりにした僕は、 白猫を抱えながら部屋から飛び出してきた可憐で今にも消えいりそうな声色で許しを乞うている花魁が【新月・睡蓮花魁】であり――、 鬼の――もしくは蛇のように恐ろしい形相で許しを乞うている睡蓮花魁を睨み付けながら一方的に言葉で攻めているのが――この廓で一番位が高くて権力を持っているのが【満月・菫花魁】である――。 そのように察して、早くもこれからの逆ノ目廓での暮らしに――言い様のない不安と若干の恐怖を抱いてしまうのだった。

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