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第73話
――すっ
「……なんだい、これは!?おい、薄汚い糞餓鬼――おめえ、何でこんな高価なもんを持っていたんだい?」
「え、えっと……その―――」
「いいから、あちきの問いに答えや!!何で、何処の馬の骨とも知らねえ薄汚いおめえが――こんな高価な紅を持ってるんだと聞いてるんや――答えろ!!」
床に落ちて足元へと転がった口紅の容器を、それが当然だといわんばかりに拾いあげると眉間に眉を潜めながら不機嫌さを露にした【満月・菫花魁】が氷のように冷たい目を床に這うように身を屈めているままの僕に必死で尋ねてくる。
その剣幕に思わず、言葉を詰まらせてしまう。この口紅を【弦月・水仙花魁】から頂いたのだという事を正直に告げるべきか悩んでしまったせいだ。
おそらく、この【満月・菫花魁】と【弦月・水仙花魁】は親しい仲ではないのだろう。少なくとも、先程の話から察するに――水仙花魁が菫花魁を余り快く思っていないのは確かだ。
「……満月・菫花魁―――これから新人花魁となるめんこい童を苛めるんはその位にしときや。ほれ、あんたさんが特別に気に入っとる召し使いの鈴女・露草もあんたさんを怯えながら見てるでありんす――これ以上、露草から幻滅されたくはないでありんしょう?」
「……っ…………ま、まさか……弦月・水仙花魁――おまえさんがこの薄汚い餓鬼にこの紅をあげたんか!?」
「さあ――それは、如何でありんしょうね……それより、これから客が来る時刻やから……この騒ぎはここまでに――っ……」
―――がっ……
【弦月・水仙花魁】が穏やかに微笑みながら、これ以上は出来る限り騒ぎを大きくしないように慎重な様子で【満月・菫花魁】の怒りを静止しようとしたが、それは無駄だったらしい。
【満月・菫花魁】が――急におろおろとしていた旦那さんの元へと歩み寄ると、その腰にぶら下げていた鞭を手に取り――そのまま怒りに任せて右手に持っている鞭を涼しい顔をしている【弦月・水仙花魁】へ向かって振り下ろそうとするのだった。
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