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第74話

「……弦月・水仙花魁――!!まさか、おめえなのか――この廓にこんな薄汚い餓鬼を連れてきたのは!?挙げ句の果てに――花魁の武器でもある口紅をやるなんざ――ちょいと綺麗やからって調子に乗るのもいい加減にしときやっ……!!」 ――ひゅっ…… びしぃっ……ばしっ…… 風を切って勢いよく振り上げられた鞭は――本来であれば、そのまま涼しい顔をして動こうともしない【弦月・水仙花魁】の体へ当たる筈だった。 「……ぐっ…………」 しかし、それだけは何としても防がなければいけないと僕は両腕を目一杯に広げながら微動だにしない【弦月・水仙花魁】の目の前に立つ。 その時、鞭で体を打たれて痛み付けられる事の苦痛よりも己を救ってくれた【弦月・水仙花魁】――どうしても守らなければいけないと僕なりに思ったのだ。現に、今は《鈴女・露草》 として半ば強引にこの廓で働かされている燗喩殿も旦那さんから鞭打ちをされようとしている僕を――身を呈して救ってくれた。 「ふ、ふん……この餓鬼が――。いっちょまえに忌々しい女狐の水仙花魁を庇いやがって。まあ、いい……確かに、そろそろ客の来る時刻だ。鈴女・露草――おまえはあちきの専属の禿だろ。さっさとあちきの支度をしろ!!ああ、そうだ……糞餓鬼……この口紅は薄汚いおめえには似合わねえ……あちきが貰っとくぞ」 僕から取り上げた【弦月・水仙花魁】から貰った紅を美しい形をしている唇へと慣れた手付きで塗ってから、満足げに笑むと言いたい事を一方的に放ってから、嵐のように【満月・菫花魁】と禿――として側に付き従える燗喩殿こと《鈴女・露草》がそそくさと去って行った。 ――しぃん、と辺りを静寂が包む。 「めんこい童さん……勘弁な?これから、わっちの部屋に来るといいでありんす。手当てしてあげるわ」 そして、【満月・菫花魁】から容赦なく鞭で打たれ余りの痛みに身を床へと這わせている僕の頭を母上のように優しい手付きで撫でてくれながら――【弦月・水仙花魁】がそっと囁いてくれるのだった。

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