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第75話
◇ ◇ ◇ ◇
「……い、痛っ……」
「やはり、痛むでありんすか――だけども、そろそろ客が来る時刻やから……怪我の手当てに手慣れた下級花魁や女将さんも出払っとる……申し訳ないけど、わっちで我慢してや?ああ、丁度いいわ……そのぼろぼろの衣も脱ぐとよい……そこの雪の如く白い童も―――この着物に着替えるでありんす」
【弦月・水仙花魁】の部屋に一歩足を踏み入れるなり、僕の鼻を刺激してきたのはふわり、とした優しい甘さの香りだった。以前、母上の寝所でこれと同じ香りを嗅いだ事を思い出し――思わず安堵とこれから先の未来について不安を抱いてしまったせいで目頭に涙が浮かぶ。
(これは――母上の寝所で嗅いだ事のある椿の香油のものだ……そうか、弦月・水仙花魁は――)
―――母上に似ているんだ。
本来ならばよく知りもしない僕の頭を優しく撫でてくれるのも、
僕に向けてくれる菩薩のように穏やかな笑顔も、
廓に来たばかりの僕に出来るだけ不安を与えようとしない聞き心地のよい話し方も、
今は会えぬ、母上に瓜二つなのだ。
「で、ですが……流石に女の方である貴方の前で裸になるというのは――恥ずかしい……です」
「おまえさん、そんな下らない事を気にしとったんでありんすか?安心せえ――わっちは――おまえさんらと同じ……男やから。というより、この廓にいる輩は――女将さん以外は花魁も禿も全員男やし……そんな事は気にせんでええのでありんすよ」
くすり、と悪戯っぽい笑みを浮かべながら――ぼろい衣を脱いで一糸纏わぬ裸になる事に対して戸惑っている僕へと教えてくれる【弦月・水仙花魁】なのだった。
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