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第77話
◇ ◇ ◇ ◇
「えっと……新月・睡蓮花魁の部屋は――確か、ここら辺の筈だけどで……あれ、何処だっけ――ここ……」
(やっぱり……一人で来るべきじゃなかった――睡蓮花魁の部屋どころか……この廓の見取り図すらよく分からないのに……)
黒い絨毯が敷き詰められた廊下の真ん中で、ぽつんと佇みながら戸惑いを感じていると――ふいに、王宮内で燗喩殿に初めて出会った頃の光景を思い出した。
禁忌を犯してまで王宮から脱出し、見知らぬ世界の逆ノ目廓に来たというのに――。
此処にきてからというもの愛しい彼と言葉すら満足に交わせていない。しかも、心を壊されてしまった王花様を巻き込んでまで、この逆ノ目廓という世界に飛び込んできたというのに――未だに何も出来ていないではないか。
僅かに逆ノ目廓に来た事を後悔しながら、これから如何しようかと悶々と悩んでいると――客が入ってくる時刻のせいだからか、人気のない廊下でうろうろしていた僕の耳に少し遠くの方から聞き覚えのあるような音が聞こえてくる。
――ちりん、ちりん……
――ちり、ちりん……
喧しい訳でもなく、かといって小さ過ぎる訳でもない耳心地のよい―――鈴の音だ。
そして、真っ直ぐに続いている廊下の向こう側から見覚えのある姿が見えて―――思わず、僕は腰を抜かしてしまうのではないかという程の衝撃を受けてしまった僕は再び廊下の先を歩き続けようとしていた足を踏み止めてしまった。
「か、燗喩殿……燗喩殿―――っ……」
「……っ…………!?」
燗喩殿も、まさかこんな場所で僕に出会うとは想像していなかったらしく――僕の姿に気付いた彼はあからさまに、しまったという戸惑いの表情を浮かべてから慌てて踵を返そうとするのだった。
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