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第80話

◇ ◇ ◇ ◇ (し、しまった……折角、燗喩殿と久々に言葉を交わせたというのだから、新月・睡蓮花魁の部屋が何処にあるのか聞いておけばよかった―――仕方ない、此処で他に誰か来るまで待つか……) ふう、と――ため息をつきつつ尚も廊下に佇んでいると、僕のすぐ側にある半分開きかけている格子戸の外の方から心地よい風が流れてきて――色々とあり疲弊しきっていた僕の頬をふわり、と撫でる。 と、その時―――雲間に隠れていた月が、さあっと風に流されて露になる光景を目の当たりにして、今宵が満月だという事を思い出した僕は慌てて腰にぶら下げていた巾着袋の中から発情期避けの丸薬を手にすると反射的にそれを飲み込もうとした。 (そうか――今宵は満月だ……僕としたことが、色々な事が起こり過ぎて――うっかりしていた……恐らく、満月が雲隠れしてたおかげで発情の効力が薄れてたけれど……早く丸薬を飲まなきゃ……って……み、水――) ――にゃーん……みゃー、みゃー…… 発情期よけの丸薬を飲む為には――水がいるという事に気付いて慌てていた僕だったが、ふいにすぐ近くから猫の鳴き声が聞こえると――びくっと体を震わせてから鳴き声が聞こえてきた方へと目線を向けた。 ―――そこには、ふわふわした立派な毛を持つ白猫を大事そうに抱きかかえながら心配そうな表情を此方へと向けている【新月・睡蓮花魁】が立っているのだった。

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