81 / 151
第82話
「そうか――水仙の兄さまが……おらをお呼びか……だけんど、まだ何か言いたそうな顔をしてるな……その理由は何や?」
「そ、それは……」
知り合ったばかりの【新月・睡蓮花魁】に、発情期で丸薬を飲みたいのでお水を下さいとは――なんとなく言い辛く、その恥ずかしさから口をもごもごさせていたのだが、それを察した睡蓮花魁がくすり、と相変わらず可憐な笑みを浮かべながら不思議そうに尋ねてきたため観念した僕は遠慮がちに彼に理由を告げた。
「なんや……おまえさん、そんな些細な事で口を閉ざしてたんか――遠慮せず、おいらの部屋に来るといい……あと、その着物――おいらのお古で所々布が裂けてる所があるすけ――それも直してあげるわ」
「あ、有難う……ございます……」
―――水仙花魁とは、また違った美しさと、それと同時に睡蓮花魁にも僕の母上と似たような面影を感じてしまった僕は王宮内にいた頃の周りの輩とは違って、悪意なく此方へと向けてくる睡蓮花魁の満面の笑顔を真顔で見つめてしまうのだった。
その後、睡蓮花魁は己の部屋へと僕を招き入れてくれた。やはり、水仙花魁の部屋と同じように香油が部屋中に漂っていたが、彼の部屋とはまた違う香りが僕の鼻をついた。これは、確か――異国のものである茉莉花の香りだった気がする。いずれにせよ、とても心地よい香りで再び僕の心を癒してくれた。
「ほれ、お水や。おまえさんが飲んでいる間に、ちゃちゃっと着物を直すから……ちっと休んでおるといい」
「は、はい……本当に有難うございます。えっと睡蓮花魁さん……」
「ええよ……そんなに気にせんでも――」
お水を飲み、畳の上に腰をおろす僕をよそに何処からか糸と針を持ってきて器用に着物を縫い直す睡蓮花魁を見て――僕は幼い頃によく自分の着物を縫い直してくれた母上の面影と睡蓮花魁の姿を再び重ね合わせてしまうのだった。
ともだちにシェアしよう!