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第83話
「ほれ、出来たわ。とりあえず着物はこれで良いやな……あとは、お水やね……ああ、それと水仙兄様みたく……おいらからも、お前さんに贈り物したるわ……向こうから取ってくるすけ、ちいと待っとき……」
そう言って、おもむろに睡蓮花魁は腰を上げてから隣の間へと行くために襖を開けると静かに一旦部屋から出て行ってしまった。
睡蓮花魁が戻ってくるまで暇になってしまった僕は――何となく格子戸から満月が照らしている廓の中庭へと目を落とす。睡蓮花魁の部屋は二階なのか、地上よりも少し高いため煌々と月夜光に照らされている中庭の光景がよく臨めるのだ。
と、ふいに―――中庭にある小さめな池の側で見覚えのある人物が立ち尽くしながら、泣いている姿が見えた。
(あれは―――確か、水仙花魁の世話をするという専属禿の……目白・薊だ……何で、あんなところで泣いて……)
――カラッ……
「お待たせや……あんれ、窓の外を見て――何しとんの?」
「あ、あの……それが……中庭で、泣いてる子がいて――」
なんとなく、さっきまで元気そうだった目白・薊が今は別人のように泣きじゃくっているとは言いにくかった僕は言葉を濁してしまう。そんな僕の態度が煮え切らなかったのか、睡蓮花魁は窓の方へと歩み寄ってくると――ふっ、と軽く笑みを溢した。
「ああ、目白・薊やね―――あの童は――いつもああやって、彼処で泣きよるん。きっと、お客様から、また酷い事をされたんやよ――それより、ほれ……これあげるすけ、お前さん……目白・薊がそんなに気になるんやったら慰めに行ってこい。おいらの事なら勝手に水仙兄様の部屋に向かうから気にせんでいいすけね……この菓子、星屑糖っていうんや」
にっこり、と穏やかな笑みを浮かべつつ、星屑糖という粒々と尖った形をしている金色と白色の小さい菓子が入った袋を、困惑したままの僕に半ば強引に渡してきた睡蓮花魁が腰を上げる。
そして、僕が何かを言う前に――先に部屋から出て行ってしまった。おそらく、これから水仙花魁の部屋まで一人で向かうつもりなのだろう。
此処に一人でいても仕方ない、と思い直した僕は――中庭で未だにさめざめと泣き続けている目白・薊の元へ行くために睡蓮花魁の部屋を後にするのだった。
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