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第86話
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その記憶は――幾度年月を越えようとも、私の心に――しかと刻み込まれている。
正直、今も悪夢に魘されてしまう程に心を捉えて離さない。まるで、蝶という獲物がかかった蜘蛛の糸のように―――がんじがらめにして、私の心を離さないのだ。
私が目白・薊という大事な親友を得てから、暫く月日が経った頃の事だ。
その大事件が起きたのは―――。
慣れない廓での暮らしぶりと仕事は大変な事ばかりで、心身共に疲弊しきっていた私を厳しく育て上げようとしてくれた【弦月・水仙花魁】―――。
私が薊と親しくなるきっかけとなった星屑糖をくれて優しい笑みを向けてくれた可憐な【親月・睡蓮花魁】―――。
あの頃の私は、まさかあのような形で家族のように接してくれた彼らを失う事になるとは―――夢にも思っていなかった。
『は、はうえ……まだ……起きてらしたのですか?』
いけない―――さっきまで、すやすやと眠りについていたというのに。
致し方がない―――あの子をあやしてから、逆ノ目廓で起きてしまった事件の事をこの日記に綴るとしよう。
暫しの間、待っていてほしい―――。
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