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第87話

◇ ◇ ◇ ◇ ――今宵は、何だか廓内の空気が淀んでいる気がして胸中が騒がしい。 そんなモヤモヤとした不安を抱いて中々―――寝付けずにいた夜の事―――。 客だけでなく、ほとんどの花魁達や旦那さん――女将さんですら夢の世界に誘われているはずの真夜中の事―――。 妙な息苦しさを感じて―――布団の中から飛び起きた僕は、隣で同様に目を大きく見開いたまま寝付けずにいるらしい王花様の手をぎゅうっと握りしめながら、落ち着かない胸中を何とか静めようと二、三度深呼吸をしてから――恐る恐る部屋の襖を開けようと手をかける。 ――スッ…… 「……うっ……ごほっ……げほっ……」 襖を開けた先の世界は、逆ノ目廓に来て少し慣れた僕ですら……いや、ここにずっと暮らしてきた花魁達――旦那さんや女将さん、それに幾度となく店に通い詰めた客達ですら見たことのない世界――炎と煙に包まれた本当の意味での未知の世界なのだった。 容赦なく、ごおごおと音を立てながら燃える真っ赤な炎―――それに白煙と黒煙が、為す術なく無防備状態の僕と王花様を逃すまいと必死で包み込み襲おうととしてくる。 咄嗟に口元を抑えながら、とにかく逃げなくては――と手探り状態で真っ直ぐ廊下を進もうとしている僕の目に―――見覚えのある懐かしいものが床に転々と落ちている光景が飛び込んできた。 それは、かつて―――睡蓮花魁が僕にくれた《星屑糖》という菓子だったのだ。

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