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第94話

◇ ◇ ◇ ◇ その後――数日が経った。 今はなき逆ノ目郭の元旦那さんは女将さんの献身的な看病のおかげで一命を取り戻して今もなお療養中だ。 そして、毒のせいで吐血してしまった元菫花魁は――紅に入っていた毒の量が致死量ではなかったため大事には至らなかった。 この異様だった世界を離れて王宮に戻る前に―――僅かに元気を取り戻した菫が船着き場まで見送りに来てくれた。 「―――行くのか?」 「ええ、申し訳ありませんが王宮に戻らないといけませんので。短い間でしたが、ありがとうございました―――あの、」 「なんだ……?」 「―――水仙さんは何故、あんなにも逆ノ目郭の存在を憎んでいたのでしょうか?劣等主のΩにとってαから優遇されるのは……幸せ、ではなかったのでしょうか?」 そして、菫は――血の繋がりのある弟の水仙が何故、今はなき逆ノ目郭という世界を憎んでいたのか少し躊躇しつつも教えてくれた。 ―――逆ノ目郭はΩがαよりも優遇されているという珍しさが売りだったが、結局は――花魁達は鳥かごの中の鳥でしかないという事。 ―――客達はうわべだけではΩである花魁達をもてはやしてはいるが結局はΩを下に見ている事が、客の目を見れば分かりきっていて虫酸が走っていた事。 ―――そんな逆ノ目郭の在り方に疑問すら浮かべず、楽しそうにしている他の花魁達を見るのが苦痛だった事。 ―――そんなような事から逆ノ目郭が狂っていると自覚しても大事な兄弟が鳥かごの中に捕らえられているため逃げるに逃げられなかった事。 そんなような事が積もりに積もって、とうとう爆発してしまったんだ――双子の兄なのにあいつを守れなかった―――と、菫は悲しげに教えてくれた。 「―――薊を、薊を宜しく頼む。あいつも俺らにとっちゃ家族みてえな存在なんだ―――」 「はい……菫さんも身請けしてくれるお客様と、どうかお幸せに……」 そのような僕らのやり取りを傍らで見守っていた男の人から優しく抱き寄せられた菫は――僕らの乗る船が見えなくなるまで手を振ってくれたのだった。

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