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第98話

◇ ◇ ◇ ◇ 己を親友として認めてくれた魄や王花、そして――短い間とはいえ逆ノ目郭で共に働いていた燗喩という本名すら未だに知る由もない仲間だった露草と別れ、尹という高貴そうな身分の男の人から此処で待つように、と―――ある部屋の前に連れて来られた薊は中々戻って来ない尹を待ち続け暇を持て余していた。そして、待たされた部屋の中から疲労しきっているのか眉間に皺を寄せながら尹という男の人が出てきたため、今までの緊張がつい緩んでしまい、だらりと姿勢を崩しつつ立っていた薊は途端に姿勢をぴん、と正したのだ。 「―――申し訳ありません、急遽大事な所用が入ってしまいまして……あなたと共に王宮内を散策する事が叶わなくなってしまいました。しかし、ご安心ください。あなたが、これからこの王宮内で働く許可は得ましたので――自由に王宮というこの狭い鳥かごの中を散策してみると良いでしょう……ああ、ここから真っ直ぐに行った部屋に――きっとあなたの力となってくれる男性がいる筈です……行ってみれば如何ですか?」 「あっ……えーと、その……はい、ありがとうございましたっちゃ……」 「―――魄の事、宜しく頼みますよ。そういえば……あなたのお名前は?」 「あ、薊ですっちゃ……」 薊はかちこちに緊張しながら、遠慮がちに己に向けられた問いに答える。すると、その尹という男の人は―――綺麗で良い名ですね、と頬笑みかけてから薊の前から去って行くのだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ (こ、ここで良いのかっちゃ……あの男の人が言ってた……おいらの力になってくれそうな男の人がいるっていう部屋は――) それらしき部屋の前に着いても、中々勇気を出せずに辺りを歩き回る薊の耳に――小さな小さな泣き声が聞こえてきた。 ほんぇぇ、ほぇぇ……ほぇぇっ…… 弱々しく儚げな泣き声―――。 それは、かつて逆ノ目郭で何度か聞いた覚えのある赤ん坊の声に瓜二つだったのだ。今にも息絶えてしまいそうな程に小さく儚げで消え入りそうなその赤ん坊の声を聞いて、思わず薊は真っ青になりながらも部屋の襖を勢いよく開けてしまうのだった。

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