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第100話
◆ ◆ ◆ ◆
あの夜―――。
幼い頃から自分の意思など関係なく両親から問答無用で王宮へと売られ、家族や王宮内にいる誰も彼もが信用できず孤独に生きてきた世純が心の底から愛した存在である美魄こと黒子がこの世を去ってしまったその夜のことだーー。
世純は人形のように、ぴくりとも動かなくなった美魄の冷たい身体を抱き抱えーー王宮内のとある場所にひっそりと立つ墓場へと来ていた。
この墓場は身寄りがなく誰にも引き取ってもらえない哀れな王宮内で働いていた者達の魂を穏やかに鎮める目的で作られ、無念にもこの世を去ってしまった時にその身を魂と共に土の中へ埋める為に作られたものだ。
ちょうど真上ではーーー優雅に咲き誇る満開の夜桜が、その哀れなる者達の魂を見守っている。誰が作ったものかは世純は分からないが、その墓場(守子達からは桜守場と呼ばれている)は、王宮内でたった一本しかない立派な桜の木の下にひっそりと存在しているのだ。
――ざっ……
――ざっ……ざっ……
涙すら流す事なく黙々と土を掘る音が―――辺りに響き渡る。
と、その時――ある違和感に気付いた世純は不意に土を掘る手をぴたり、と止めた。美魄の腹が――普通の者達よりも大きい気がする。
――ほんぇぇ……ほぇぇ……
それに、つい先程から美魄の血にまみれた下半身付近から聞こえてくるこの泣き声は一体何なのか……と、土を掘る作業を一旦止めて既に赤から黒く変色しきった血で汚れている美魄の白い下衣をなるべく丁寧に降ろす。
―――赤ん坊だ。
美魄のだらりと弛緩している美しい両足の間から――既に半分身が出掛かっているまだ息のある赤ん坊が――その弱々しい声で呆然と佇む事しか出来ない世純に必死で救いを求めているのだ。
世純は戸惑いや僅かばかりの恐怖こそあれど愛しい美魄から生まれようとしている命である赤ん坊を見捨てる理由などないため――ほとんど躊躇なく己の手で赤ん坊を取り上げたのだった。
慌てふためく世純はその小さな身をおそるおそる抱き抱えると、真っ赤な血にまみれた洗うため側にある池へと向かう。
そしてその小さな身を丹念に拭いた後――世純に救ってもらえたというのをわかっているかのように笑顔を浮かべる赤ん坊と共に世純は己の寝所へと戻って行くのだった。
(この凛々しい顔付き――屍王様に瓜二つだ……間違いない……この赤ん坊はーー屍王様とその愛人だった美魄との間に出来た子供だ……)
―――不安
―――焦り
―――怒り
そのような感情が入り交じった複雑な思いを心の中に閉じ込めながら世純は真っ直ぐに伸びる長い長い廊下を赤ん坊と共に歩んで行くのだった。
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