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第102話
「か、燗喩殿……今は――ご公務のお時間ではないのですか?何故、このような場所に……?」
「これも私が黒守子として初めて行う公務の一つだからだ……私の後釜となった尹様にお主と王花様を出すように命じられた――私が迎えに行け、とは命じられなかったが……どうしても我慢ならず私の意思でお主らを迎えにきた」
「魄、これからお主らは――王宮に戻る事となるが……周りの者が何を言おうと気にするな――お主に危機が迫ったその時は――私が守ってやる。無論、王花様の身もだ……」
そう言いながら《牢守り》の男から向けられる奇異な目線など気にもせず燗喩殿はぎゅっと僕の身を抱きしめてくれる。
こうして――僕と王花様は暗くじめじめとした牢から出る事となり、再び悪意ある言葉の嵐が吹き荒れる王宮内へと戻って行くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「何故、不審者である貴様が我の部屋にいるのだ?」
「えっと……その……どうしても、この赤ん坊の事が気になってしまったっちゃ……それと、尹様から世純様の世話係をするようにと頼まれましたっちゃ……えーと、み、みん……ああ、眠赦という人の代わりをさせなさい、と世純様に伝えるように尹様から言われましたっちゃ……」
世純が膨大な公務を終えて、疲弊しきった顔をしながら寝所へと入ると――真っ先に薊が両手を畳につき頭を下げている姿が目に飛び込んできた。
一瞬、眉を潜め――軽く溜め息をついた世純はその問いかけに対する薊の答えを聞いて、再び盛大な溜め息をついてしまう。ただでさえ、膨大な公務に追われているというのに――またしても面倒事が増えてしまうと悟ったゆえの行動だった。
しかし、今は己を押し退けて赤守子へとついた尹の命令であるならば、いくら理不尽な命令の内容に不満を抱いたとはいえ従わない訳にはいかない。
それに―――、
「きゃはっ……あはは……きゃは……」
今まですやすやと眠りについていた屍王と黒子との間に生まれた赤ん坊が、ふいに目を覚ますと途端に顔をくしゃっと歪めて火のついたように泣き始めたが、慌てて近寄った薊を見るや否や――すぐに泣くのをやめてしまった。
それどころか――まるで薊が自分の母親だといわんばかりに、今度は幸せそうな笑顔を浮かべて機嫌をなおすのだ。
(もしかしたら……この不審者と赤ん坊は相性がよいやのしれぬ……利用価値は充分にあるな)
「―――尹様の命令ならば致し方ない。だが、我から二つの条件を出そう……まず、その醜い方言混じりの口調を正せ。それと、お主がこの赤ん坊の母がわりとなり――世話をせよ。以上が此処で働いていく条件だ――出来るか?」
薊は何の躊躇もなく、こくりと頷いてその条件を受け入れる。
こうして、
―――これまで牢にいた魄は悪意という嵐が吹き荒れる王宮内へ久方ぶりに戻り、
―――これまで逆ノ目郭という世界しか知らなかった薊は悪意という嵐が吹き荒れる王宮内に足を踏み入れる、
事になるのだった。
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