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第109話

般若面の男は――それをするのが当然だ、といわんばかりに手に持った刀のぎらりと光る鋭い切っ先を怯える薊に向かって構える。おそらく、般若面の男が手にかけた地面に横たわる男(よくよく見れば先程僕に媚を売ってきた人物だ)の遺体を目の当たりにしたため口封じのために赤ん坊もろとも薊を斬りつけるつもりなのだろう。 (だ、駄目……駄目だっ……このままじゃ……薊と背中におぶっている赤ん坊が――っ……!!) と、心の中で薊と名も知らぬ赤ん坊に危機が迫っているのは分かりきってはいるものの――本物の刀の鋭い切っ先を目の当たりにし、余りの恐怖にがた、がたと全身が震えるだけでなく、情けない事に足全体に力が入らない。 『――よいか、魄よ……お主は此処から決して出るでないぞ――少し待てば助けが来る筈だ……分かったな?』 『…………えっ!?』 ふいに、共に草場に隠れていた世純が僕の隣から耳元へこそっと囁きかけてきた。そして、その言葉の真意を確かめるべく彼に尋ねようと口を開きかけた時には――既に世純は草場から出て行き、戸惑いの表情すら浮かべる事もなく般若面に斬りつけられようとしている薊と赤ん坊の前へと駆け寄っていくのだった。 ――ずぶっ…… 今まで聞いたことのないような嫌な音と共に――ぽた、ぽたと椿の花びらのように真っ赤な血が般若面から刀でその身を突き刺された世純の腹から流れ落ち――やがて、口から血を吐きながら彼は地面に力なく崩れ落ちる。 「せ、世純様……っ……世純様!!?」 「ほぇぇー……ふぇぇっ……!!」 己を庇って倒れた世純の無惨な姿を目の当たりにし、泣き叫ぶ薊――そして、それにつられるようにして今までよりも数倍の声で泣き声をあげる赤ん坊。 「おい、お前達――此処で何をしている!?我々は警護人だっ……こ、これは――!?」 「……ちっ…………」 その騒ぎを聞きつけた警護人達が慌てて集まると、まずは僕に媚を売ってきた遺体を目の当たりにして驚愕し、そして更に般若面に斬りつけられた世純の様子を見て驚愕して思わず声を失っていたが――その警護人達の隙を見て、般若面の男は忌々しげに舌打ちをすると――そのまま、素早く身を翻して闇夜に溶けるかの如く消え去ってしまうのだった。

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