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第116話
「此方へ……此方へ……真っ直ぐ進みなさい……進みむのです……」
「は、はい……母上……」
部屋に入ると――灯りひとつなく真っ暗で辺りには今まで声だけを頼りに歩いてきた廊下のように白い霧が立ち込めていたため、僕はただただ――穏やかな母の声にすがりつつ、言われた通りに歩んでいくしかなかった。
「止まりなさい……止まるのです――愛しい息子……」
――ぴたり、と母の声に言われた通り足を止める。
いつの間にか部屋中に包み込まれていた白い霧は晴れ、
言われた通りに足を止めた途端に、まるで頭上からスポットライトが当たるかのように眩い提灯の光が一斉に僕を照らし出す。
立ち尽くす僕の目の前には、王宮の中庭に立つ桜の木があった。
本来ならば部屋の中に桜の木が立っているなど――あり得ない事なのだが、その時の僕は頭がぼーっとして靄がかかってしまっているかのように思考が虚ろになっていたため、ただその異様な桜の木を呆然と見つめる事しか出来なかったのだ。
通常ならば、あり得ない事は他にもある――。
桜の木の太い木や幹のある部分には――人間が密集し、ひしめきあっていた。その異様な桜の木に釘付けとなっていた僕の目に映る密集した奇怪なる人間達が全て王宮内に仕えている守子達の衣装を身に纏っている事に気付いて開いた口が塞がらない程に唖然としてしまう。
ひら、ひら――と頭上から奇怪なる桜の紅い花弁が舞い落ちる。
そして、その花弁が木の天辺から落ちる度にひんやりと冷たい床を真っ赤な血で汚していくのだ。
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