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第117話
――ぴとっ……
と、奇怪なる桜の木から舞い散る紅い花弁が――僕の頬にくっついた。その氷のような冷たさにびくっと身を震わせた僕は思わず頭上を見上げてしまう。
(せ、世純様……そ、そんな……何故……何故――世純様がこのような奇怪なお姿にっ……)
桜の木の枝と同化し、頭上でひしめきあう守子達の体と交わいながら――世純のかっ、と見開かれた生気のない濁りきった瞳とだらりと力なく伸ばされた腕が呆然としたままの僕の目に飛び込んでくる。
「……おやおや、やっと主役が来たんね……ほれ、此方に来るといいんね……な、魄くんや……」
「…………」
――ふいに、奇怪なる桜の木の天辺でだらりと生気のない瞳を虚ろな僕へと向けている世純に対して疑問を抱いていると知らない男の人の愉快げな声が聞こえてくる。
(おかしい……何か……おかしい……こんな男の人の声は――聞いた事がない)
そう頭の中でわかってはいるが、かといって自分の意思では何も出来ない僕は声だけを頼りに行動するしかないのだ。
「…………」
「そうそう、いい子やね……よし、そこで止まりんね……綺麗な御人形やろ……この時のためにせっせこ作ったんやで……異国にはこれと似たような、お雛様いう人形があるらしいんね……どや、気にいったか?」
――ぴたり
僕が声に満足に抗う事すら出来ず、その知らない男に言われた通り歩いていくと――今度は奇怪なる桜の木ではなく、王宮に仕える守子達に似せて作られた人形が、いくつもある壇上の上に置かれていて一番上の壇には向かって左側に父である屍王に似せて作られた人形と右側には母に似せて作られた人形とが並んで置かれている。
そして、その下の壇には向かって左側に王花様に似せて作られた首がない人形と、真ん中に幼なじみである翻儒に似せて作られた人形と、左側には僕に似せて作られた人形とが置いてある。
更に、その下の壇には――ぼんやりとしか見えないものの燗喩殿に似せて作られた人形と――その横には顔は見えないものの手に杓子を持って大きくて変な形をした黒い帽子を被っている人形が置かれている。
じっ、と見て見ると――守子に似せて作られた人形にも首がある人形と首がない人形がいる事に気付いてがくがくと足を震わせてしまう程に怯えてしまう。
「おや、そろそろ時間切れ――ですね……魄、また……会いましょう」
「ありゃあ、これで楽しい楽しい時間は終わりやんね……まあ、また会う事もあるやろうね、
……そんときに話をしようやな……魄くんや……」
再び聞こえてくる母の声と知らない男の声――。
そして、辺りを漂う鉄のような血の香りが――異国の茉莉花の香りへと徐々に変わっていく事に呆然としながらも気づく僕なのだった。
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