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第119話
提灯を手にして恐怖と不安から、小刻みに震える手でよくよく見てみれば、僕が重なり合うように倒れこんでしまった相手の男の顔には見覚えがあった。
僕らが逆ノ目郭から王宮へと戻ってきた時に最初に目にした黒守子の男だ。散々、Ωである僕を劣等種だと見下してきた癖にこの王宮に流れた屍王の息子だという噂だけを録に疑う事もなく信じきり――ころり、と手のひらを返して僕に媚を売ってきた単純で愚かでどうしようもない男――だったものが力無く畳の上に仰向けに倒れているのだ。
だらしなく涎を垂らした口を大きく開け、その口の中には――白い茉莉花の花がぎゅうぎゅうに押し詰められている。衣服がはだけて露になったその男の胸元には、小刀のような物でつけられた【淫罪なる者へ罰を】と刻まれている。
ぱっ、と見た所は外傷はないため血で辺りが汚れている訳ではなかった。
しかし、その代わりというのもなんだが――むっと噎せかえってしまいそうな程に茉莉花の甘い甘い強烈な香りが逆に僕の心を不安にさせる。
不安になってしまったのは――それだけではなく、悪夢に魘される前まで確かに僕の隣ですやすやと眠っていた筈の王花様の姿が見当たらない。
と、そこで――生前、僕に媚を売ってきた愚鈍な黒守子の遺体の手に握られた茉莉花の花弁が、まるで道標のように転々と寝所への襖に向かって散らばっている事に気付くのだった。
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