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第120話
◇ ◇ ◇ ◇
――ひた、ひた……
提灯を手に持ちながら、覚束ない足取りで廊下の床にまで転々と散らばっている茉莉花の花を辿りながら歩いて行く。
かつて、逆ノ目郭で睡蓮花魁が落とした星屑糖を辿りながら長い廊下を今と同じように歩いて行ったのを思い出す。
その時と違うのは――辺りに噎せかえってしまう程の甘い香りが充満している事だ。そして、先程に見た悪夢のように廊下には室内だといつのにもやもやと白い霧が発生している。
――ぴた、と僕が足を止めたのは急に茉莉花の花弁が途絶えているからだ。
(何か……厭な予感がする――ここの襖を開けてはいけないような……そんな胸騒ぎがする)
しかし、ここまできた以上――襖を開けない訳にはいかない。もしかしたら、この襖を開けた奥に行方不明となった王花様がいるかもしれないのだ。
僕は胸元に開けた手をぎゅうっと固く握り締め――決意すると未だに厭な予感を抱きつつも小刻みに震える手で勢いよく襖を開けた。
「……おや、意外にも早かったですね――愛しい我が息子。私からの贈り物は――気に入って頂けましたか?あの男には勿体無いくらいの綺麗な茉莉花でしたでしょう?喧しいので口を塞ぎましたが――逆にそれが芸術となり美しさを際立てたかもしれませんね――あなたは、どう思いましたか?」
「は――はうえ……な、何を……何をしていらっしゃるのですか?」
襖を勢いよく開けた瞬間に僕の目に飛び込んできた光景――。
それは王花様と薊(赤ん坊)を人質にとり――床に力無く倒れている守子達に囲まれている母が口元を醜く歪ませながら僕に目線を向けてくるという衝撃的なものだった。
よくよく見れば、床に倒れている守子達は既に息耐えている者もいれば――まだ微かに息をしている者もいる。既に息をしていない者の口元は糸でぎざぎざに縫い付けられているという酷い状態なのが分かった。
唖然として何も行動する事の出来ない僕に対して一瞥してきた母は穏やかに笑みを浮かべながら、此方へくるように手招きしてくるのだった。
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