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第122話
その時――、
「は、離してっ……僕を離してってば――っ……!!」
無我夢中で縛られて横たわっている傷ついた父と世純の元へ何とか駆け寄るため、思わず般若面の男へと渾身の力で手を振り上げる。
からんっ……
と、その拍子に振り上げられた僕の手がぶつかり、般若面が外れ、音をたてながら床に落ちてしまう。その男は、床に落ちた般若面を拾おうとするでもなく――僕に危害を加えようとするでもなく――ただ真っ直ぐに僕の顔を見つめてきたのだ。
「ほ、翻儒……何故、何故……君が――これを被って……僕らの目の前に立っているの?嘘、嘘だよ……優しい翻儒が……あんな、あんな酷い事をする訳が――ないっ……」
「…………」
般若面の男の素顔が露になり、呆然とする僕の頭を支配するのは、守子が般若面の男から命を奪われ力無く地面に横たわった光景を目の当たりにしたあの夜の残酷な光景――。
まさか、その般若面の男の正体が――幼い頃に仲がよくまるで兄弟同士のように過ごしてきた幼なじみの翻儒だったなんて――僕はまだ悪い夢に魘されているのだろうか?
般若面が外れ、黒い着物を着た翻儒は素顔が晒されたというのに無言のまま僕を見据えてくる。しかし、ふいに今までずっと僕の顔だけを見つめてきた翻儒がちら、と僕の背後で座ったままの母上に意見を尋ねるかの如く目線をやるのだ。
「愛しい息子よ……現実から目を背けるなど――私はあなたをそのような愚かな子に育てあげたつもりではありませんよ?人の心というのは難しい……たとえ仲が良かったとはいえ、僅かなきっかけさえあれば簡単に綻びてしまうというのが世の常なのです――そう、私と池に浮かんだあの護衛官も……かつて、とある村にいた時は、あなたと翻儒のように仲が良かったのですよ」
「ですが、三人という関係性は――実に難しい。そうですよね……翻儒?その愚かな私の息子である魄に――何故、貴方がこのような事をしたのか――教えておあげなさい」
「畏まりました、偉大なる御神様……仰せのままに――」
そう母上に向かって恭しくお辞儀をする翻儒は――既に僕とかつて楽しい時を過ごした幼なじみとしての翻儒ではなく、もはや僕の知らない男になっている事を自覚した僕は――ただひたすら絶望に打ちひしがれてしまうのだった。
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