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第126話

「裏切っていない……?どの口で――そのようなふざけた事を申しているのですか?屍王……いいえ、あなたの名は獅鬼でしたね――。獅鬼……貴方は――私を愛していると口では言いながら、村のしきたりである祭りの日に本物の鯉ではなく、紛い物の似鯉を私に渡してきました。本物の鯉を渡さず紛い物の鯉を贈るなど私の想いを裏切ったも同然です――」 「……それは儂が――あの魚が似鯉だと単に知らなかったからだ……お主に対する裏切りなどではない」 真っ直ぐ――ただ、ひたすら真っ直ぐに怯えて困惑しきっている僕と怒りと憎しみに支配されて別人のようになってしまった母上の顔を見据えながら屍王――いや、母曰く本名は獅鬼という父は静かに淡々とした口調で悪意を露にしめいる母へと答える。 「無論、裏切られたと思う理由はそれだけではございません……獅鬼――貴方は何ゆえ、この王宮内に来てこの愛しい子が出来てから、一度も私達に会いにすら来て下さらなかったのですか?挙げ句の果てに黒子などという存在に現を抜かすなど裏切りの他ならない!!私は――いいえ、私達は……ずっと貴方が尋ねてくるのを心待ちにしていたというのに……そうですよね、魄――貴方も心当たりがある筈――」 と、急に母の口から問われて――僕は思わず、びくりと身を震わせてしまった。何故なら、母が言うとおり――僕はその言葉に心当たりがあるからだ。 ――幼い頃はずっと……父を求めて泣いていた。 ――母から父は近くにはいなくて遠い場所にいるのだ、と聞かされてはいたものの……父を求めて目が真っ赤に腫れ上がる程に泣いていたのは紛れもない事実なのだ。 「……黒子に現を抜かし、心を許した事など――今まで一度もない……儂は黒子に脅迫され――あのような行為に及んだのだ。」 「き、脅迫などと……そんな――そんな嘘を今更言ってもっ……遅いのですよ!?」 「嘘などではないっ……儂は黒子からとある弱味を握られ――お主らを人質としてとられていた……言うとおりにすればお主らの命は助けるのと秘密は漏らさないという条件で渋々ながら――あの悪魔のような黒子の愛人として振る舞っていただけだ――儂が本当に愛しているのは尹……お主だけ……っ……その決意を今、見せてやろうではないかっ……!!」 と、そこでようやく――僕は今まで縄で縛られて身動きすらとれなかった父がいつの間にか縄抜けしており、その手に刃物が握られている事に気付いた。しかも、その手に握られている刃物の切っ先は――今にも父の胸元へ向かおうとしている事に気付いてはっ、と息を飲んだ僕は父がこれから何をしようとしているのか本能で察して無我夢中で彼の元へと駆け寄ろうとするのだった。

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