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第130話
「そ、それだけは――それだけは出来ませぬ……母上……」
「――おや、何故なのです?この者らを巻き込みたくなければ――私の胸をこの壺の破片で突き刺せばよいのです……そうすれば、貴方の大事な者達は――傷付かずに済む。一度、守ると決めたのであれば覚悟をし、この鬼のような狂母を亡き者にするのです――そのくらいの覚悟とて、いくらとっくの昔に狂ってしまった私でも……しておりま……」
「違いますっ……違います――母上……僕は……もう誰一人として無下に命を奪われる光景など見たくはないのですっ……無論、母上に対しても……翻儒に対してもそう願っています……」
――がしゃっ……ばりんっ……
僕は狂ってしまった母から半ば強引に突きつけられた壺の破片を床に捨てると、俯きながら小刻みに体を震わせつつも腹の底から沸き出てくる悲しみや怒りを必死で押し殺して何とか自分の思いを母と翻儒に向かって言い放った。
「――そう、やはり……貴方は優しいですね……魄――。こんな私達にすら、憐れむ心を持つだなんて……流石、私が生涯で唯一心の底から愛している獅鬼との間に出来た子です……ですが、やはり今更――そんな言葉を聞いた所で遅い……遅過ぎました……魄、私は既に復讐の鬼と化してしまったのです……翻儒、これが最後の御命です。その童子はやがて魄の脅威となる存在――故に、容赦なくおやりなさい」
「――畏まりました、御神様の御命のままに!!」
と、先程まで無表情のまま僕らの切迫したやり取りを見ていた翻儒が――遂に大いなる計画とやらの行動に移すために立ち上がる。そして、あろう事か世純でも薊でも、まだ息のある他の守子達でもない無垢なる赤ん坊のその雪のように白く象牙のように滑らかな細い首元に両手を持っていき、そのまま――ぐぐっと力を込めて締め上げようとしているのだ。
「尹よ……そんな愚かな事をした所で――無駄だ!!もう遅い――遅過ぎる!!貴様に……罰が下る時が来たのだ!!」
「な、何を……世純よ、遂に血迷いましたか!?一体、何が遅過ぎるというのです!?」
「尹よ……貴様、この場に役者が一人足らぬことに気付いておらぬのか――それに気付かぬとは……やはり、貴様は愚か者だ――そして、その者こそが貴様に罰を下し、貴様を地獄の業火に放り込む事となるのだ……どんどん、地獄の使者どもの足音が此方に近づいておるぞ!!」
――どん、どん……
――だんっ……だだんっ……
世純が言うとおり、やがて翻儒の予想もつかない恐ろしい行動を目の当たりにしたせいで動揺しきっている僕の耳にも何者かが一斉にこの鳥かごと化した部屋の方へと近づいてくる足音が聞こえてくるのだった。
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